1537年。7月1週目。挨拶より昼寝が大事
七月一週目。
姫路城を落としてから。
八郎の周りには、急に人が増えた。
「八郎様。本日は播磨の商人衆が十二名、その後に近隣の国人衆が七名、それから寺社の方々が――」
「ちょっと待ってください」
八郎は帳面役を止めた。
「今日だけで何人です?」
「今のところ、三十二名ほどでございます」
「無理ですって」
「しかし、皆、姫路落城のお祝いとご挨拶をと」
「ありがたいんですけどね」
八郎は机に突っ伏した。
「全員会ってたら、一日終わりますよ」
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姫路城が落ちた。
赤松が八郎家の傘下へ入り。
八郎自身も姫路へ入った。
そうなると。
今まで様子を見ていた者まで、一斉に挨拶へ来る。
商人。
国人。
寺社。
職人。
村役。
船持ち。
「ある程度、前さばきしてください」
「前さばき?」
「全部僕のところまで持ってこんでええです」
用件を聞く。
挨拶だけなら、担当者が受ける。
商売の話なら商人担当。
土地なら土地担当。
寺社なら寺社担当。
「それで十分でしょう」
「八郎様に直接お目通りしたいという者も多うございます」
「そらそうでしょうけど」
八郎は困った顔をした。
「僕一人しかおらんのですよ」
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「あと」
八郎は少し考えた。
「一定以上の贈り物持ってきた人は、会いましょうか」
「贈り物の額でございますか?」
「いや、露骨に言うと嫌な感じしますけど」
「かなり露骨ですな」
「でも大きな商談したい人が、ちゃんとした品持って来てくれたなら、それは会った方がええでしょう」
高価な反物。
珍しい薬。
馬。
大量の米。
工芸品。
「ただ、お土産持ってきたら何でも会える、いう話にはせんといてくださいよ」
「線引きが難しゅうございますな」
「だから前で見てください」
「結局こちらの仕事が増えております」
「お願いします」
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「それと、昼寝の時間は絶対空けてください」
「昼寝……」
「はい」
「姫路を取ったばかりなのですが」
「僕、七歳ですよ」
八郎は真顔だった。
「昼寝せんかったら夕方しんどいんです」
「そこは譲られぬのですね」
「譲りません」
さらに。
「夕方は散歩します」
「散歩まで?」
「城の外見たいですから」
長屋。
市。
道。
水場。
職人町。
「町作ってるのに、部屋で挨拶ばっかりしてたら何も見えへんでしょう」
それに。
「太陽も浴びたいですし」
「七歳らしいことを仰っておられるようで、内容は町の視察ですな」
「散歩ですよ」
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そんな挨拶攻めの合間。
播磨についての報告が入った。
「西播磨についてでございますが」
「はい」
「現在、およそ六束ほどが八郎家の支配下に入ったと見てよろしいかと」
「六束ですか」
三万五千石ほどを一つの束として見る。
その単位で六つ。
「だいぶ入りましたね」
「姫路城が落ちた影響が大きゅうございます」
これまで態度を決めかねていた国人衆も。
赤松の姫路城が落ちた。
八郎勢四万が健在。
さらに降った者の家をむやみに潰していない。
その話を聞いて。
「こちらへ入る意向を示す者が増えております」
「なら、播磨はそろそろ落ち着きそうですね」
「東側も時間の問題かと」
「無理に急がんでええです」
八郎は頷いた。
「姫路の町作る方が大変ですから」
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そして。
もう一つ。
「丹後からも動きがございます」
「一色さんですか?」
「はい」
但馬側には。
八郎家の兵、およそ二万五千が展開している。
「すぐ全面的に降るという話ではございませぬが」
「はい」
「丹後を三つの束として見た場合、そのうち一束ほどの国人衆が八郎家側へ入る意向を示しております」
「もう一束?」
「はい」
「戦いました?」
「大きな戦にはなっておりませぬ」
「それならええです」
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八郎は地図を広げた。
但馬。
丹後。
そして一色方の勢力。
「二万五千、ほとんど減ってないんですよね?」
「はい」
「なら、そのままでええですよ」
「攻め込まぬので?」
「急ぐ必要あります?」
八郎は首をかしげた。
「こっちは播磨で手いっぱいです」
姫路。
飾万津。
道。
長屋。
市。
職人。
水場。
新しい領地の帳面。
「丹後まで今すぐ全部取っても、面倒見る人がおらんでしょう」
「確かに」
「一束こっち入ってくれたなら十分ですよ」
まずその地域を安定させる。
八郎商会の市を入れる。
商売を始める。
「そこで悪い扱いされへんって分かったら、隣も考えるでしょう」
「調略を続ける?」
「そんな大げさなもんでもないですけど」
八郎は笑った。
「入ってくれるなら、歓迎したらええだけです」
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一色方がすぐに崩れる必要はない。
二万五千の兵を見せたまま。
こちらへ入りたい者だけ入れる。
「兵減らさずに領地増えてるんやったら、それが一番ええでしょう」
「戦わずして取ると」
「兵死なんし、銭も減りにくいですからね」
「八郎様らしいですな」
「褒められてます?」
「たぶん」
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報告が終わるころ。
また帳面役が入ってきた。
「八郎様、次のご挨拶の方々が――」
「何人?」
「九名でございます」
八郎は時計もないのに、外の明るさを見るように窓へ顔を向けた。
「そろそろ昼ですよね」
「はい」
「昼飯食べて、寝ます」
「九名お待ちですが」
「前さばきしてください」
「大商人も一名おります」
「贈り物は?」
「上等な反物をかなり」
「……その人だけ会います」
「現金ですな」
「違いますって」
八郎は立ち上がった。
「全部会いたいんですよ。本当は」
ただ。
人が増え。
領地が増え。
町が増えれば。
一人で全部を見ることはできない。
「せやから仕組みにせんとあかんのでしょうね」
七月一週目。
播磨は、ようやく落ち着き始めた。
丹後では。
まだ一色との本格的な戦が始まる前から。
一つの束が、八郎側へ傾き始めている。
そして八郎本人は。
勢力を広げながら。
「昼寝と夕方の散歩だけは絶対残してくださいね」
そこだけは。
七歳らしく、頑として譲らなかった。




