1533年2月。2月2度目の市の集計。4軒合計9000文、利益2000文で安定。日常の店2軒で2日で660文利益。つみれ汁屋が回りだす。
市から戻ってきた八郎たちは、いつものように家族で銭勘定を始めた。
もう何度目になるかわからない光景だったが、新しく人が増え、店も増え、最初の頃とはまるで違う。
父が銭袋を置きながら言った。
「さて、今日も帳面つけるか」
「はい」
八郎は横に座る。
「まず、いつもの四軒ですね」
「ああ」
「売上は前回とほぼ同じです」
母が少し安心した顔をする。
「大きく落ちなかったね」
「そうですね」
八郎もうなずいた。
「売上九千文ほど。原価、人件費、寄進を引いて利益二千文」
「もう普通に言うとるけどな」
父が苦笑する。
「二千文やぞ」
「そうですよ」
「最初の頃、二千文出た時、家中大騒ぎやったやろ」
「ああ……」
三郎が笑う。
「今、当たり前みたいになっとる」
八郎は首を振った。
「当たり前と思ったら駄目です」
「ん?」
「天気が悪かったり、魚が入らなかったり、誰か倒れたりしたら崩れますから」
母を見る。
「特に母上が倒れたら終わりでした」
「前はな」
「はい。でも今は手伝ってくれる人が増えてます」
八郎は笑う。
「そこが一番大きいです」
父もうなずいた。
「確かにな」
「銭より人です」
「三歳児が言う言葉ちゃうな」
全員が笑った。
そして八郎は次の帳面を見る。
「次は三郎兄様のところです」
「ああ」
三郎が少し緊張する。
「今回は二日分ですね」
「前は三日やったからな」
「はい」
八郎は数字を見る。
「炒め飯屋は利益二百文ほど」
「少ないな」
三郎が少し顔をしかめる。
だが八郎はすぐ首を振った。
「少なくないです」
「そうか?」
「はい」
続けて言う。
「つみれ汁の方は百三十文ほど」
「まだまだやな」
「それも違います」
「違うんか?」
八郎は笑った。
「兄様、最初から完成品を求めすぎです」
「そうか?」
「そうです」
そして指を折る。
「まず、つみれ汁は味が安定してません」
「ああ」
「お客さんもまだ知らない」
「そうやな」
「だから売上も八割ぐらいです」
「まあ、そんな感じや」
「それで黒字なんですよ?」
三郎が止まる。
「……あ」
「そうです」
八郎は笑う。
「練習してるのに黒字なんです」
父も感心する。
「そう考えるとすごいな」
「はい」
八郎は続ける。
「しかも大事なのはそこじゃないです」
「まだあるんか」
「あります」
八郎は真剣な顔になる。
「港の人です」
「ああ」
「今まで捨てていた下魚を、毎日買う人間ができたんです」
家族が静かになる。
「今日は買う、明日は買わないでは信用されません」
「なるほどな」
「毎日来てくれる。毎日銭になる」
「……」
「そう思ってもらうことが大事なんです」
三郎は腕を組む。
「店だけ見てたらあかんわけか」
「はい」
「魚を捕る人まで見るんか」
「見ます」
「ほんま三歳児か」
また笑いが起きる。
八郎は帳面を見る。
「今回、三郎兄様のところと、つみれ汁合わせて二日で六百六十文ぐらい増えてます」
「六百六十文……」
「はい」
「二日でか」
「そうです」
父がため息をつく。
「普通に考えたら十分すぎるな」
「十分です」
八郎は言う。
「だって三郎兄様の日当も払えてます」
「ああ、もろてる」
「奥様の給金も払えてます」
「払えとるな」
「なら問題ありません」
「利益だけ見るなってことか」
「はい」
八郎は笑う。
「仕事を作るためにやってますから」
そして少し間を置いて言った。
「それに湯あみも二つ目が動き始めました」
「ああ」
「また仕事ができます」
「また人増えるな」
「増えますね」
「お前、ほんま増やすの好きやな」
「違いますよ」
「違うんか?」
「必要だからです」
全員がじっと見る。
八郎は少し目を逸らす。
「……少し楽しいですけど」
「ほらな」
笑い声が響いた。
そして話題は変わる。
「では明日ですが」
「ん?」
八郎は銭袋を見る。
「和尚様と一緒に殿様のところへ行きます」
場が少し静かになる。
「五万文の話か」
「はい」
八郎はうなずく。
「まず二千文持っていきます」
「前金か」
「はい」
「残り四万八千文」
「そうです」
そして言う。
「ちゃんと証文を書いてもらいます」
「証文?」
「はい」
「五万文払う約束。二千文受け取ったこと。残り四万八千文ということ」
父は苦笑した。
「三歳児が殿様相手に証文か」
「必要です」
「まあな」
「口約束だと、また五万文って言われたら困りますから」
その言葉に皆黙った。
「……そこまで考えとるか」
「考えますよ」
八郎は小さく言う。
「こっちは皆の仕事と銭を預かってますから」
父はため息をついた。
「ほんま頼もしい三歳児やな」
「褒めてます?」
「半分な」
「半分ですか」
父は少し困った顔をする。
「しかし……」
「はい?」
「和尚様だけ連れて行かすわけにはいかんな」
「父上も来ます?」
「行きたくないわ」
即答だった。
皆が笑う。
「でも行く」
父は続けた。
「親やからな」
「ありがとうございます」
「三歳の息子が殿様に二千文持って証文取りに行くんやぞ」
父は首を振る。
「普通なら止める側や」
「ですね」
「なのに一緒に行くしかない」
母が笑う。
「八郎に振り回されっぱなしやね」
「ほんまや」
父は八郎を見る。
「お前、生まれて三年で家変えすぎや」
八郎は少し考えたあと、ぽつりと言った。
「まだ三年しか経ってませんからね」
「そこは三歳児出すな」
家中に笑い声が響いた。




