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1537年。6月4週目週末。城が落ちる前に城外の生活が立ち上がり始める。

 六月四週目の週末。

 姫路城。

 城内では、赤松方の重臣たちが難しい顔をして集まっていた。

「このまま籠もり続けるか」

「されど、八郎勢は四万」

「援軍の当ても薄い」

「では降るというのか」

 戦う。

 打開する。

 あるいは条件を探って降伏する。

 答えはまだ出ない。

 だが、城壁の外を見れば嫌でも分かった。

 八郎勢は、ただ包囲しているだけではなかった。

 煙が上がっている。

 材木が運ばれている。

 長屋が建っている。

 市まで開かれ始めている。

 まるで。

 姫路城が落ちるのを待つ必要などないと言わんばかりだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 その城外。

 八郎は、出来上がったばかりの長屋を見ながら首をひねっていた。

「……足りませんね」

「何がでございます?」

「色々です」

 試しに作った長屋。

 一棟を八つに間切りし、それぞれに入口を付けた。

 一人者なら十分寝られる。

 夫婦二人でも、狭いながら暮らせる。

 だが。

「寝具が足らん」

「はい」

「棚も欲しいですね」

「棚?」

「荷物、床に全部置くことになるでしょう」

 それから水桶。

 履物を置く場所。

 灯り。

 雨の日に濡れたものを掛ける場所。

「僕らだけで考えても分からんですね」

 八郎は近隣の住民を呼ばせた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「この部屋に住むなら、何欲しいです?」

 集まった農民や職人たちは顔を見合わせた。

「何と申されましても……」

「遠慮せんでええですよ。困りそうなこと言うてください」

 一人が恐る恐る。

「雨の日、蓑を掛ける場所があれば」

「それ書いといてください」

「水桶は一つ欲しゅうございます」

「それも」

「冬は寒いかと」

「ああ。それ大事ですね」

 別の者が言う。

「家族で住む者なら、もう少し物を置ける場所が欲しいですな」

「なるほど」

 八郎は次々と書かせた。

「やっぱり住む人に聞くのが一番早いですね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 問題は長屋だけではない。

 飾万津から姫路まで。

 人と荷物が一気に増えたことで、人足代が跳ね上がっていた。

「こんな高いんですか?」

「今は戦の最中でございますから」

「それは分かりますけど」

 八郎は帳面を見る。

「これ、戦終わってもこのままやったら困りますよ」

 米。

 材木。

 塩。

 魚。

 道具。

 すべて港から運ばなければならない。

「人が背負ってばっかりでは限界ありますね」

「では荷車を?」

「はい」

 荷車が通れるように道を均す。

 穴を埋める。

 ぬかるみやすい場所には石や木を入れる。

「馬も通りやすくしましょう」

「道そのものを直されるので?」

「港と姫路をつなぐ道ですからね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さらに八郎は地図を指でなぞった。

「途中にも何か欲しいですね」

「何を?」

「休めるところです」

 立派な宿ではない。

 屋根がある。

 雨宿りできる。

 水が飲める。

 馬にも水をやれる。

「小さい店でもええですね」

「店?」

「水とか、湯とか、簡単な飯とか売るんです」

 荷運びの途中。

 雨が降れば休む。

 暑ければ水を飲む。

 草鞋が切れれば買う。

「道作るだけやなくて、道を使いやすくせんとあかんですね」

「なるほど」

「一気には無理ですけど、順番にやりましょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夜。

 試しに長屋の部屋を使っていた伍長や隊長たちを呼んだ。

「寝てみてどうでした?」

「八郎様」

「はい」

「この生活は……離せませぬ」

「そんなに?」

「布団があるのが、これほど楽とは」

 周囲から笑いが起きる。

「では買います?」

「買えるのですか?」

「売りますよ」

 男たちが顔を見合わせた。

「しかし、すぐには銭が……」

「ツケでええですよ」

「ツケ?」

「給金入った時にまとめて払えるようにします」

「そこまで?」

「八郎商会の村でも似たようなことやってますから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ただし。

 八郎は指を一本立てた。

「条件あります」

「何でございます?」

「ツケは一か所だけ」

「一か所?」

「こっちの店でも借りて、向こうでも借りて、その次でも借りる。それは駄目です」

 所属を決める。

 帳面を一つにする。

 借りた額を書く。

 給金が入れば、そこから払う。

「ちゃんと働いて給金入るんでしょう?」

「はい」

「なら、その範囲で貸せます」

「布団だけではなく?」

「生活道具もですね」

 鍋。

 桶。

 寝具。

 衣服。

「ただし借りすぎは駄目です」

 五長の一人が感心したように言った。

「そこまで考えてくださるので?」

「いや」

 八郎は苦笑する。

「八郎商会では、もっと広く緩くやってますよ」

「では姫路でも?」

「そういう町にできたらええですね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただ」

 八郎は少し考えた。

「分かりませんよ」

「何がでございます?」

「この先もっと勢い出て、摂津とか堺とか京まで話が広がったら」

 そこへ八郎自身が移ることになるかもしれない。

「姫路の町作りも、途中で人に任せるかもしれません」

「摂津、堺、京……」

「でも畿内はややこしいでしょう」

 寺社。

 公家。

 武家。

 商人。

 古くからの権利。

 土地のしがらみ。

「姫路みたいに、何もないところから一から作る方が楽しい気がしますね」

 隊長の一人が笑った。

「それは、そうかもしれませぬな」

「でしょう?」

 八郎も笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 城の中では。

 赤松方が、戦うか降るかを考えている。

 そのすぐ外では。

 長屋の棚の位置。

 布団の売り方。

 水を飲める休憩所。

 荷車が通れる道。

 給金から返すツケの仕組み。

 そんな話が続いていた。

 まだ。

 姫路城は落ちていない。

 それでも八郎の周囲では。

 戦の話より。

 どう暮らすか。

 どう働くか。

 どう銭を回すか。

 その話の方が、日に日に増えていた。

「まあ、一個ずつですね」

 八郎は新しい町の図を見ながら言った。

「住んでもらって、困ったら直しましょう」

 城が落ちるより先に。

 姫路の暮らしの方が。

 少しずつ出来上がろうとしていた。

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