1537年。6月4週目。伊勢講にならい色んな八郎領の講を作ったらいいのでは?
六月四週目。
姫路城を囲む陣の外では、長屋や市が少しずつ形になり始めていた。
そんな中。
八郎は商人から聞いた話に、妙に食いついていた。
「……伊勢講?」
「はい」
「それ、どういう仕組みなんです?」
商人は少し考えてから説明した。
「村や町の者が集まり、少しずつ銭を出し合います」
「はい」
「それを積み立てまして、伊勢へ参る者の旅費にするのでございます」
「全員で行くんですか?」
「毎度全員では銭が足りませぬので、くじなどで行く者を決めることもございます」
「へえ」
八郎は身を乗り出した。
「それ、ええですね」
「八郎様も伊勢へ?」
「いや」
八郎は首を振った。
「伊勢だけやなくて、ほかの旅にも使えるんちゃいます?」
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すぐに八郎商会の旅担当を呼ぶ。
「十人おるとするでしょう」
「はい」
「毎月一人十文ずつ出したら百文」
「左様でございます」
「足らんかったら二十文でも三十文でもええです」
皆で少しずつ積み立てる。
まとまったところで、今年誰が行くかを決める。
「くじでもええし、順番でもええです」
「伊勢講と似ておりますな」
「そうです」
ただし。
八郎の考えている行き先は、一つではなかった。
「八郎商会が旅先をいっぱい用意したらええんですよ」
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八郎は地図を広げた。
「まず高松」
大きな市を見る。
魚を食べる。
酒を飲む。
買い物をする。
「近場なら、そんなに銭かからんでしょう」
次に。
「道後温泉」
「湯築の辺りでございますな」
「はい。湯に入って、一泊して、飯食って帰る」
さらに。
「姫路も入れましょう」
「姫路を?」
「せっかく今から町作るんですから」
城。
飾万津。
大きな市。
職人町。
これから作られる新しい長屋。
「城見て、港見て、市で買い物して、一泊して帰る。それだけでも旅になりますよ」
「まだ城、落ちておりませんが」
「落ちてからですよ」
「当然でございます」
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もう少し遠くへ行けるなら。
「山口ですね」
大内の町。
寺社。
大きな商家。
珍しい品。
その先には博多。
「博多は強いでしょう」
「何がでございます?」
「見るもん多いですから」
港。
市。
飯。
酒。
異国の品。
「二泊三日ぐらいでも遊べるでしょう」
九州に目を移す。
「熊本と阿蘇」
城下。
山。
寺社。
「別府もあります」
「湯でございますか」
「はい」
さらに南。
「指宿」
「また湯ですな」
「温泉は分かりやすいんですよ」
最後に。
「霧島」
山へ行く。
湯に入る。
寺社を見る。
土地のものを食べる。
「これだけあったら、だいぶ選べるでしょう」
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高松。
姫路。
道後温泉。
山口。
博多。
熊本。
阿蘇。
別府。
指宿。
霧島。
八郎は並べた地名を眺めた。
「でも、住んでる場所で旅代変わりますよね」
「当然でございます」
高松の者が姫路へ行く。
博多の者が山口へ行く。
鹿児島の者が指宿へ行く。
それぞれ必要な銭が違う。
「なら、地域ごとに冊子作った方がええですね」
「冊子を?」
「はい」
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八郎商会が旅の冊子を作る。
字だけではなく、簡単な絵も入れる。
字を読めない者が多い村なら、読める者が皆に説明すればいい。
「例えば高松の冊子なら」
近場。
道後。
姫路。
少し遠くなら山口。
「博多まで行くなら、だいぶ銭要りますよね」
「日数も必要になります」
「そこも書きましょう」
何日。
船代。
宿代。
飯代。
いくら積み立てれば行けるのか。
「一人毎月十文なら、この旅」
「二十文ならこちら」
「三十文なら?」
「もう少し遠くへ行けます」
担当者が頷いた。
「これは分かりやすいですな」
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「鹿児島の人向けなら、また変えましょう」
近場なら指宿。
霧島。
熊本。
少し銭を積み立てれば博多。
もっと貯めれば山口。
さらに船を乗り継げば、高松や姫路まで行ける。
「姫路まで来たら、相当な旅ですな」
「だから面白いんですよ」
八郎は笑った。
「鹿児島の村の人が、一生に一回姫路城見に来るとか」
「随分遠うございますぞ」
「でも皆で積み立てて、何年かに一回ならできるかもしれんでしょう」
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「冊子は売られますか?」
「最初は配りましょう」
「ただで?」
「旅してもろたら、そっちで銭になります」
船。
宿。
飯。
土産。
案内。
そして。
「遊びの方もございますな」
「それは今は置いといてください」
「かなり売れておりますが」
「知ってますって」
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一つ問題もある。
「くじに当たらん人、ずっと行けへんかったら揉めますよね」
「それはありましょう」
「なら一回行った人は後ろに回しましょう」
完全なくじではない。
順番が回ってくる。
ただ今年誰が行くかを、くじで決める。
「いつかは行けるようにしといた方がええです」
「旅に行くための積立でございますからな」
「そうです」
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八郎は地図を見る。
道後で湯に入る。
姫路で城を見る。
高松の市で買い物をする。
山口を見る。
博多の港に驚く。
阿蘇の山を見る。
別府、指宿、霧島で湯に入る。
「今まで旅って、金持ちのもんやったでしょう」
「商人や武家でもなければ、遠くへ行く機会は少のうございますな」
「でも、ちょっとずつなら貯められます」
十人。
二十人。
一つの村。
一つの町。
職人仲間だけでもいい。
女衆だけでもいい。
「今年は道後」
来年は姫路。
その次は博多。
「帰ってきた人が、みんなに話したらええんですよ」
「次の者も行きたくなる」
「そうです」
温泉の話。
見たこともない城。
大きな市。
旨かった飯。
買ってきた土産。
それがまた次の旅を呼ぶ。
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「名前はどうされます?」
「名前?」
「この仕組みでございます」
八郎は少し考えた。
「旅講でええんちゃいます?」
「そのままでございますな」
「分かりやすい方がええでしょう」
伊勢へ参るために使われていた仕組み。
それを少しだけ変える。
信仰の旅だけではない。
温泉へ。
町へ。
城へ。
山へ。
海へ。
旨いものを食べに。
「まず何か所かで試しましょう」
「また試すのでございますか」
「そらそうですよ」
八郎は笑った。
「高松講で道後へ行くのが人気なんか、姫路へ行くのが人気なんか、やってみな分からんでしょう」
六月四週目。
八郎商会の旅商いは。
船や宿を手配するだけの商売から。
普通の人間が少しずつ銭を積み立て。
いつか知らない町へ旅に出るための仕組みへ。
また一つ。
大きくなろうとしていた。




