1537年。6月3週目。城が落ちる前に町を作る
六月三週目の週末。
高松城。
姫路方面から届いた書状を読み終えた八郎は、机の上に広げていた地図を眺めていた。
その周囲には。
夏姫。
大友家の三の姫。
尼子家の姫。
大内家の姫。
政略によって八郎のもとへ嫁いできた四人の姫君も座っている。
八郎はしばらく地図を見つめてから。
「……そろそろ、荷物まとめましょうか」
夏姫が顔を上げた。
「どちらへ行かれるのでございますか?」
「本州です」
「本州?」
大友の三の姫が不思議そうに首をかしげる。
「姫路城は、まだ落ちておらぬと聞いておりますが」
「はい。まだ落ちてませんよ」
「では、なぜ行かれるのです?」
「もう包囲してるんでしょう?」
「しておりますけれど……」
尼子の姫まで困ったように八郎を見る。
「普通は、お城が落ちてから向かわれるものでは?」
「落ちてから準備したら遅いでしょう」
八郎は当然のように答えた。
大内の姫が小さく笑う。
「八郎様は、もう落ちた後のことを考えておられるのですね」
「そっちの方が大事ですからね」
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八郎の手元には、すでに目録が置かれていた。
布団。
鍋。
釜。
桶。
縄。
板。
工具。
最低限の生活道具。
夏姫が目録を覗き込む。
「随分と持って行かれるのですね」
「でも木材や石まで、高松から全部持っていく必要はないです」
「向こうで集めるので?」
「はい」
八郎は地図の姫路南側を指した。
「飾万津がありますでしょう」
「しかまつ?」
「姫路の南にある湊です」
瀬戸内を渡る船を飾万津へ入れる。
そこから姫路へ荷を運ぶ。
「高松から米も道具も船で飾万津まで持っていって、そこから人足で運んだらええでしょう」
大友の三の姫が頷く。
「それなら随分と運びやすうなりますね」
「そうなんです」
八郎は別の紙を取り出した。
「これ、何枚か写してもらおうと思ってます」
尼子の姫が身を乗り出した。
「何が描かれているのでございますか?」
「最初に作るものです」
簡単な長屋。
共同炊事場。
井戸。
市。
荷物を置く蔵。
「……町?」
「はい」
四人の姫君が揃って八郎を見る。
夏姫が念を押す。
「姫路城は、まだ落ちておりませぬよ?」
「知ってますって」
「なのに町を作るのですか?」
「城の外からなら作れるでしょう」
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「最初は小屋でええんです」
雨風をしのげる。
寝られる。
荷物を置ける。
「長屋を何棟か作って、まず人を泊める」
次に市。
兵に飯を売る。
薪を売る。
草鞋を売る。
道具を売る。
「何千人も兵がおるなら、それだけで商売になりますからね」
大内の姫が笑った。
「戦をしている横で、市を開くのでございますか?」
「人がおるなら、飯も物も要るでしょう」
「それはそうでございますが」
「ほんで次は飾万津です」
荷揚げする場所を決める。
人足を置く。
倉も作る。
「最初に五千万文」
姫君たちの表情が止まった。
「五千万?」
「足らんかったら一億文まで入れてええと思ってます」
夏姫が呆れたように見る。
「まだ城が落ちておりませぬのに?」
「だからですよ」
「だから?」
「落ちてから始めたら遅いでしょう」
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大友の三の姫が口元を隠して笑った。
「赤松方からすれば、随分と嫌でしょうね」
「何がです?」
「自分たちは城の中で必死に耐えているのでしょう?」
「はい」
「その外で八郎様が長屋を建て、市まで作っている」
「ああ」
八郎もそこで気づいた。
「それは嫌かもしれませんね」
尼子の姫が続ける。
「城の中から見れば、もう落城後の町まで作られているように見えましょう」
「心折れますかね?」
「折れる者もおるでしょうね」
「いやいや」
八郎は慌てて手を振った。
「別にそれ狙って町作るわけちゃいますよ」
大内の姫がじっと八郎を見る。
「本当に?」
「本当ですって」
一拍置いて。
「まあ、弱いところをくじくんも、この世知辛い世の中では必要でしょうけど」
夏姫がため息をついた。
「七歳とは思えぬことを申されますね」
「僕、普通の七歳ですよ」
四人とも。
それには答えなかった。
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「あと、布団もいっぱい持っていきます」
夏姫が首をかしげる。
「布団?」
「はい」
「戦場へ?」
「戦場やからですよ」
全員分は無理でも。
部隊長。
帳面役。
負傷した兵。
夜番を終えた兵。
「順番でも、ちゃんと寝てもらったらええでしょう」
大友の三の姫が感心する。
「飯があり、寝床まであるのですか」
「市もありますよ」
尼子の姫が笑った。
「随分と居心地のよい戦場でございますね」
「そうでしょう?」
大内の姫がぽつりと言う。
「……城の中の者からすれば、やはり嫌でしょうね」
「それはもうええですって」
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「では、今日のうちに渡られるのでございますか?」
夏姫が聞く。
「いや」
「明日?」
「その前に昼寝します」
「……昼寝?」
「船酔い嫌なんですよ」
四人が顔を見合わせる。
そして。
夏姫が吹き出した。
「そこだけは七歳なのですね」
「だから、僕ずっと七歳ですって」
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ただ。
八郎が姫路に作ろうとしているものは、戦のためだけではなかった。
「これから戦が東へ寄っていくでしょう?」
「そうなるでしょうね」
「なら、人まで毎回九州から連れてくるのおかしいんですよ」
土地を継げない農家の次男、三男。
仕事を探す若者。
兵になりたい者。
職人になりたい者。
「鹿児島や博多まで一回集めて、そこからまた東へ送る必要ないでしょう」
尼子の姫が地図を見る。
「では姫路で人を集めるのですか?」
「そうです」
九州なら。
鹿児島。
熊本。
博多。
四国なら高松。
本州側なら姫路。
「大きい町まで来たら、何か仕事がある。そういう形にしたいんです」
兵。
船乗り。
荷運び。
商人見習い。
焼き物や工具を覚える弟子。
「土地持ってません。家継げません。せやから生きていけません、いうのを減らしたいんですよ」
夏姫がしばらく地図を見つめた。
「姫路は、戦で取るだけの場所ではないのですね」
「はい」
「次の人を集める場所でもある」
「そういうことです」
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八郎は高松と姫路を指で結んだ。
「高松と姫路が大きくなれば、人も物も東へ回しやすくなります」
兵。
飯。
武具。
商人。
職人。
「戦するにしても、商売するにしても、その方が楽です」
大内の姫が頷いた。
「もう姫路城ではなく、その先を見ておられるのですね」
「まあ」
八郎は少し照れたように笑う。
「とりあえず、落としてもらわんと困りますけどね」
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八郎は立ち上がった。
「ほな」
夏姫が聞く。
「船へ?」
「昼寝です」
「またそこへ戻るのですか」
「船酔いは嫌ですから」
六月三週目。
姫路城は、まだ落ちていない。
赤松方も、まだ城の中で踏ん張っている。
それでも。
城の外ではもう。
長屋。
市。
飾万津から続く物流。
仕事。
新しい暮らし。
その準備が始まろうとしていた。
城が落ちてから、町を考えるのではない。
落ちた次の日から。
人が住み。
働き。
飯が食えるようにしておく。
七歳の八郎は。
四人の姫君に呆れられながら。
まだ終わっていない戦の、その先を考えていた。




