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1537年。6月3週目。土地がなくても食える町。

六月も三週目に入った。

 高松城。

 八郎は机の上に大きな紙を広げていた。

「……姫路に入ったら、町はこんな感じにしたいですね」

「もう姫路のことでございますか?」

「今から考えとかんと、入ってから考えてたら遅いでしょう」

 八郎はそう言って、紙の上に大きな四角を描いた。

「まず、ここが姫路城です」

「はい」

「城と、僕ら八郎家の屋敷は北側でええと思います」

 その周囲を囲う。

「で、北西側。この辺は区画を大きめに取りたいです」

「何を置かれるので?」

「大商人の屋敷とか、高い宿ですね」

 普通の旅人向けではない。

 各地から来る大商人。

 武家。

 有力者。

 そういった者が泊まれる宿を置く。

「反物とか薬とか、細工物とか、高いものを売る店もこの辺でええと思います」

「なるほど」

「遊郭も、この辺寄りでええんちゃいます?」

 一瞬。

 周囲が静かになった。

「……遊郭まで城の近くに?」

「いや、真横ちゃいますよ」

 八郎は苦笑する。

「でも銭持ってる人が来る場所でしょう。宿があって、酒飲めるところがあって、

 高いもの売る店があって、その近くにあった方が便利です」

 ただし。

 普通の町とは少し離す。

「酔っ払いも出ますし、揉め事もあるでしょう。高い荷持ってる商人もおりますし、

 警備しやすい方がええです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「で、南へ行くほど普通の町にします」

 八郎は紙の中央に線を引いた。

「この辺が商人」

 さらにその横。

「こっちは職人ですね」

「鍛冶なども?」

「はい。ただ火を使うところは固めましょう」

 鍛冶。

 油。

 炭。

 焼き物。

「火事が怖いですからね」

「確かに」

「全部ごちゃごちゃにしたら、どこで何作ってるかも分からんでしょう」

 焼き物。

 木工。

 桶。

 農具。

 刃物。

「職人は職人で固めて、その近くに習う場所も作りたいです」

「習う場所?」

「学校言うたら大げさですけどね」

 八郎は少し考える。

「焼き物作りたい者がおったら、最初から一人前の職人にはなれんでしょう」

「それはそうですな」

「工具作るにしても、桶作るにしても、教えてもらわな無理です」

 だから。

 職人の工房の近くに。

 若い者が通える場所を作る。

「親方について仕事しながら覚えるんでもええですし、何人かまとめて基礎を教えてもええです」

「弟子を集めるので?」

「そうです」

 農家の次男。

 三男。

 土地を継げない者。

「村におっても仕事ないなら、姫路に来てもらって、なんか覚えてもろたらええでしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さらに南。

 八郎は大きな区画を描いた。

「ここが市です」

「城からは離れますな」

「その方がええです」

 農民。

 漁師。

 荷車。

 船から降ろされた荷。

 魚。

 野菜。

 薪。

 炭。

 米。

「全部、城の近くまで持ってこられたら混むでしょう」

「なるほど」

「南から町に入って、市で売って、そのまま帰れる方が楽です」

 市の近くには倉。

 安宿。

 荷運び。

 馬を休ませるところ。

「北へ行くほど高い商い。南へ行くほど、人と物がいっぱい動く感じですね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「で、一番南側に兵を置きます」

「兵屯所でございますか?」

「そんな感じです」

 常備兵。

 武具。

 馬。

 何かあれば、町の入口で受け止める。

「ただ、兵舎だけ作るんやなくて、ここに安い住まいも作りたいです」

「住まいを?」

「長屋ですね」

 八郎は紙に細長い四角を描いた。

 その中へ。

 一、二、三。

 八つに線を引く。

「こんなんです」

「八人で一部屋ですか?」

「違います違います」

 八郎は笑った。

「一棟を八つに間切りするんです」

 八つの小部屋。

 そして。

「一つ一つ、外から入れるようにします」

「それぞれに入口を?」

「はい」

 立派な家ではない。

 見ようによっては掘っ建て小屋に近い。

 壁。

 屋根。

 戸。

 寝る場所。

 荷物を少し置く場所。

「一人で暮らすなら、これで十分ちゃいます?」

「随分狭そうですが」

「安いですからね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もちろん。

 家族で住んでも構わない。

「夫婦二人とか、小さい子一人ぐらいなら、住みたい言うなら住んでもええです」

「ただ、長く住むところではない?」

「別に長く住んでもええですよ」

 八郎は首をかしげた。

「でも、ちゃんとした家欲しいなら銭貯めてもらったらええでしょう」

 広い家。

 店付きの家。

 庭のある家。

「そんなんは当然、金かかります」

 だが。

 姫路へ来たばかりの若者に。

 いきなり家を建てろと言っても無理だ。

「銭ないから町に来れません、では意味ないです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「例えば」

 八郎は長屋の一部屋を指差した。

「村から来た十八ぐらいの男がおるとします」

「はい」

「土地もない。銭もそんなない」

 だが。

 焼き物を覚えたい。

「ここに住んでもらって、昼は焼き物のところに通う」

「弟子として?」

「そうです」

 少し賃金をもらう。

 飯を食う。

 技を覚える。

 何年か経てば。

「自分で作ったもの売れるかもしれんでしょう」

 別の部屋を指す。

「こっちは兵になりたい若者」

 よその村から来る。

 姫路には知り合いもいない。

「最初ここに住んで、兵の訓練受ける」

 その隣。

「荷運びでもええです」

 さらに隣。

「商人の手伝いでもええ」

 職人。

 兵。

 船乗り。

 人足。

「とにかく最初の住む場所です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「飯はどうされます?」

「米は共同で炊きます」

「長屋ごとに?」

「その辺はやってみてですね」

 何棟かに一か所。

 大きな釜を置く。

「一部屋ずつ竈作ったら、火事が怖いです」

「確かに」

「それに薪も余計にいります」

 朝。

 夕。

 まとめて米を炊く。

「おかずは?」

「売りに来てもらいます」

 魚。

 芋。

 豆。

 野菜。

 練り物。

 豆腐。

「煮たものを桶で持ってきて、欲しい分だけ売ってもらったらええです」

「量り売りですか」

「そうです」

 三文分。

 五文分。

 給金が入った日には魚。

「うどん作れる人も欲しいですね」

「またうどんですか」

「便利でしょう」

 そうめん。

 うどん。

 衣をつけて揚げた野菜。

 魚。

「飯作れん男でも生きられる町にしたいんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「嫁さんがおらんでも」

 八郎は言った。

「土地がなくても」

 職がまだ決まってなくても。

「姫路来たら、とりあえず寝るところがある」

 安い長屋。

「飯も食える」

 共同炊事と行商。

「ほんで仕事を探せる」

 兵になる。

 職人になる。

 商人について働く。

「それで銭貯まったら、もっとええところに移ればええでしょう」

「なるほど」

「長屋は貧乏人を閉じ込めるところやなくて、最初に入るところにしたいんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は紙いっぱいに描かれた姫路の町を眺めた。

 城。

 屋敷。

 大商人。

 宿。

 遊郭。

 職人町。

 市。

 兵屯所。

 長屋。

 職人を育てる場所。

 共同炊事場。

「……まあ、頭の中ではこんな感じです」

「随分と形になりましたな」

「でも絶対、思った通りにはいかんでしょうね」

 水。

 便所。

 道。

 火事。

 飯。

 人。

「やってみたら問題、山ほど出ますよ」

 側近の一人が笑う。

「でしたら、その都度直せばよろしいでしょう」

「やっぱりそれですか」

「はい」

 八郎はもう一度、紙を見る。

「頭の中で形になってるなら、まずやってみる」

「左様でございます」

「人住ませて」

「はい」

「働いてもらって」

「はい」

「飯食ってもらう」

「はい」

「駄目なら直す」

「それでよろしいかと」

 八郎は笑った。

「ほな、それでいきましょう」

 まだ姫路には入っていない。

 町もない。

 長屋もない。

 けれど。

 八郎の紙の上では。

 もう村を出た若者が小さな部屋で眠り。

 朝には飯を食い。

 昼には職人のもとへ通い。

 別の若者は兵の訓練を受け。

 夕方には煮物を売る者が長屋の前を歩いていた。

「土地なくても、家継げなくても」

 八郎は紙を眺めながら呟いた。

「働いたら食える町にしたいですね」

 姫路で何ができるのか。

 その答えを。

 七歳の八郎は、高松城で少しずつ描き始めていた。

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