1537年。六月二週目 旅行案内と、高度に政治的な別冊
六月二週目。
高松。
八郎は姫君たちと机を囲み、出来上がりつつある旅案内の試し書きを眺めながら、
妙に盛り上がっていた。
「いや、これ売れると思いますよ」
「確かに、何日かかるか分かるのは便利ですね」
「でしょう?」
「道後まで行くなら、どこで一泊するかも欲しいです」
「それ書きましょう」
「子供連れなら?」
「それも分けた方がええですね」
皆でああでもない、こうでもないと話しているところへ。
一郎と三郎が顔を出した。
「……お前、まだ高松におったんか」
「そらおりますよ」
「もう姫路で町作っとるんかと思ったわ」
「まだ姫路城落ちてませんからね」
包囲はしている。
西播磨では市も順次立ち上がっている。
だが、姫路そのものはまだ赤松側だ。
「いくら僕でも、落としてない城に住めませんって」
「お前なら先に蔵ぐらい建てそうやからな」
「さすがにそこまではしません」
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「それより兄上、聞いてくださいよ」
「何や」
「旅行の商売始めようと思ってるんです」
「旅行を売る?」
「そうです」
八郎は、この前考えた仕組みを説明した。
船。
宿。
飯。
道中。
日数。
費用。
希望するなら案内役。
それを八郎商会がまとめて、一つの商品として売る。
「例えば千五百文払ったら、何日間でどこ回って、どこ泊まるか最初から分かるようにするんです」
「ほう」
一郎が思った以上に食いついた。
「それは面白いな」
「でしょう?」
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「そもそも普通の人間、旅行する習慣ないからな」
三郎も頷く。
「八郎はあちこち動いとるけど」
「仕事半分、遊び半分ですけどね」
「普通は、どれぐらい遠いかすらよう分からん」
老人。
子供。
女性。
足の強い者。
弱い者。
馬を使う者。
船が苦手な者。
「情報集まったら、冊子もどんどん厚くできるな」
「そうなんです」
旅人自身にも感想を書いてもらう。
しんどかった。
飯がうまかった。
この坂はきつい。
この宿はよかった。
「その情報をまた次の旅に使います」
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そこで八郎が。
ふと兄たちを見る。
「今日、兄嫁さんたちは?」
「来てへんで」
「出張やからな」
「なるほど」
一郎が嫌な予感を覚えた。
「何や、その顔」
「いや」
八郎は少し声を落とす。
「これ、遊郭版も作れません?」
「……ほう」
一郎と三郎の表情が変わった。
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「家族旅行だけやないでしょう?」
「そらそうや」
「男同士で旅行することもある」
「あるな」
「で、旅先で羽を伸ばす人もおるでしょう」
「おる」
即答だった。
「多分、遊郭にも色々あるでしょう?」
高いところ。
安いところ。
酒中心。
宴席中心。
「僕は知りませんけど」
「そこ大事やぞ」
「兄上たち急に真剣ですね」
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「どこで遊んで、どれぐらい銭かかったか」
それも旅日誌の情報になる。
「松竹梅みたいに分けてもええですよね」
「それええな」
一郎が膝を叩く。
「今日はちょっと豪勢に、いう人もおる」
「逆に安く酒だけ飲みたい人もいるでしょうし」
「これは高度に政治的な話やな」
「兄上、それ好きですね」
「大事やからな」
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「ただ、基本料金には入れませんよ」
「そらそうや」
「旅行代払ったら勝手に遊郭代まで込み、は困るでしょう」
「追加やな」
「追加というより」
八郎が紙へ書く。
――この町では、この程度の遊びなら何文ほど。
――手配を希望する場合は八郎商会へ。
「これぐらいでええんちゃいます?」
「ええやん」
「事前に『これぐらいの予算で』言われたら、店だけ取っといてあげるとか」
「八郎」
「はい」
「七歳のくせに、よう分かっとるな」
「商売の話ですよ」
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その時だった。
「へえ」
背後から声がした。
三人が固まる。
姫君たち四人が。
こちらをじっと見ていた。
「八郎様」
「はい」
「そうやって大人になって」
「はい?」
「また女の人を増やすんですね」
「なんでそうなるんです?」
「今、ものすごく楽しそうでした」
「商売ですって」
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「お兄様たちも最低です」
一郎と三郎にも飛び火する。
「いやいや、これはな」
「高度に政治的な」
「その話、もう聞き飽きました」
「……はい」
「結局、行きたいだけでしょう?」
「違うんや」
「いい奥方がおられるのに?」
「世の男たちにな」
一郎が必死に説明する。
「旅先で少し羽を伸ばしてもらういうのも、文化やろ?」
「男性代表として考えとるだけや」
三郎も乗る。
「そうそう。世の男性のためにやな」
「言い訳が見苦しくて聞いてられません」
ばっさり切られた。
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八郎は兄たちを見た。
「……高度に政治的な会議、失敗しましたね」
「お前のせいや!」
「僕、商売の話しかしてませんよ」
「最初に遊郭言い出したん誰や!」
「商品として可能性があるかなと」
「八郎様?」
「はい。もう黙ります」
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結局。
旅案内そのものについては。
姫君たちからも好評だった。
家族向け。
老人向け。
温泉中心。
寺社巡り。
食べ歩き。
短い二泊三日の旅。
そして。
男たちが妙に熱心だった別冊については。
「作るとしても、私たちも中身確認しますからね」
「え?」
「なんでや!」
「それやったら意味ないやろ!」
兄たちの声が揃った。
八郎は腹を抱えて笑った。
「それ、もう答え言うてますやん」
「八郎!」
六月二週目。
八郎商会の新しい旅商売は。
まだ始まってもいないのに。
家族旅行版と、なぜか高度に政治的な別冊版まで、企画だけは順調に膨らみ始めていた。




