↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
959/1041

1537年。六月二週目 六百十三万文の遊び代

 六月二週目。

 高松へ拠点を移した八郎は、届いた帳面を前に、いつものように算盤の音を聞いていた。

「但馬の方は?」

「山名方を囲っておりますが、その周囲では市が立ち始めております」

「播磨は?」

「西側の一部でございますが、こちらも国人衆が傘下へ入り、市が動き始めました」

「利益は?」

「まだ、ほんのわずかです」

「そらそうでしょうね」

 土地を取って数日、十数日。

 いきなり莫大な利益が上がる方がおかしい。

「まず飯が回って、人が働けたら十分ですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「では今週分でございますが」

 交易。

 各地の市。

 商会の利益。

 その他もろもろを合わせる。

「四億八百六十一万文ほどでございます」

「そこに新しい市の分が?」

「三十万文ほど」

「かわいいですね」

「金額の感覚がおかしくなっております」

 八郎は笑いながら、積立の帳面を引き寄せた。

「全部足したら?」

 しばらく算盤を弾き。

「二十六億四千六百十三万文になります」

「……二十六億」

「はい」

 八郎もさすがに少し黙った。

「よう積みましたね」

「戦費五十億文を見た後ですから、八郎様はまだ少ないと言いそうですが」

「実際、安心するにはまだ早いですけどね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は数字を見つめ。

「六百十三万文、京へ送りません?」

「はい?」

「六百十三万」

「なぜその数字なんです?」

「送ったら二十六億四千万文ちょうどになるでしょう?」

 帳面役が八郎を見る。

「帳面を丸くするためですか?」

「それもあります」

「それも?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「京の町衆に渡してください」

 現金だけでなくていい。

 米。

 干物。

 紙。

 酒。

 現地で使いやすい物資と銭を混ぜても構わない。

「食えるもんも少し入れといてください」

「名目は?」

「旅代と雑費です」

「……旅代?」

「はい」

 京から西国へ遊びに来てもらう。

 讃岐。

 伊予。

 九州。

「四国や九州に来てください代です」

「余計分かりにくくなりました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「漫遊記を書いてもらってもええ」

 旅先で歌を詠む。

 絵を描く。

 京で流行っている物を持ってくる。

「商品でもええんです」

 扇。

 紙。

 菓子。

 衣。

 細工物。

「別に物がなくてもええんですよ」

「と申しますと?」

「頭の中にあるもの」

 京で身につけた作法。

 書物の読み方。

 歌。

 絵。

 商売のやり方。

 料理。

 ものの見方。

「田舎にはない知識を、一個でも落としてくれたらええんです」

「……八郎様」

「はい」

「難しすぎます」

「でしょう?」

 八郎も頷いた。

「説明しながら、僕もこれ伝わらんなと思いました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「だから雑費でええんです」

「雑費」

「はい」

 手紙には趣旨だけ書く。

 西へ旅したい者がいたら使ってほしい。

 何か作りたい者がいても使ってほしい。

「別に大層な仕事せんでもええですよ」

 湯へ入る。

 善通寺を見る。

 金毘羅へ行く。

 道後でのんびりする。

 博多で飯を食う。

「ただ、どうせ来るなら何か一個、仕事も絡めてくれたら嬉しいです」

「ずいぶん緩い仕事ですな」

「そのぐらいでええんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「酒代でも?」

「ええですよ」

「本当に?」

「帳面だけ付けてくれたら」

 何人で飲んだ。

 誰に旅費を出した。

 何を買った。

 何を書いた。

「その程度分かれば十分です」

「六百十三万文を?」

「はい」

 面白いことが一つ生まれれば、それで儲けもの。

「今はそれを試せる余裕がありますから」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 帳面役が感心したように言う。

「八郎様は、一段も二段も先を考えておられますな」

「いや」

 八郎は首を振る。

「単純に帳面きれいにしたかったのも大きいですよ」

「六百十三万文を消して?」

「消してないでしょう。京で使うんですよ」

「普通、その額を端数とは言いません」

「でも二十六億あるんですよ?」

「二十六億あろうが、六百万は六百万です」

「もう細かいところ全部見てられませんって」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そんなこと言うておりますと」

 帳面役がため息をつく。

「いつか一文に泣きますよ」

 八郎は少し考え。

「その時になったら考えましょう」

「遅いです」

「でも今は?」

「二十六億四千万文残ります」

「なら大丈夫です」

「そういう問題では……」

 八郎はもう次の帳面を開いていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 こうして六月二週目。

 六百十三万文が京へ送られることになった。

 目的は、曖昧だった。

 旅。

 歌。

 本。

 商売。

 知識。

 遊び。

 何が生まれるかは、まだ誰にも分からない。

 ただ八郎は。

「分からんから銭出すんですよ」

 と笑った。

 二十六億四千万文を積み上げながら、その端数でまた一つ、西国へ新しい何かが

 流れ込む道を作ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。