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1537年。六月一週目 詰みの形

 六月一週目。

 八郎本人が高松で町と帳面の話をしているころ。

 山名と赤松。

 かつて包囲網に加わった二家には、まるで違う景色が見えていた。

・・・・・・・・・・・・・・・

「……また市が立ったそうや」

 山名方の城内。

 報告を聞いた者たちの顔には、もう驚きすら薄くなっていた。

「どこや」

「昨日こちらから離れた国人の土地です」

「もうか?」

「八郎商会の者が入り、米と塩を運び込んでおります。蔵を置く場所まで決め始めたとか」

 まだ城は落ちていない。

 山名も降伏していない。

 それなのに。

 城の外では、もう戦後が始まっていた。

「こっちは囲まれとる最中やぞ」

「向こうには関係ないのでしょう」

 八郎勢は二万五千。

 包囲だけなら二万でも十分という話まで出ている。

 兵站の不安もない。

 食料は後ろから届き、市まで立つ。

 周囲の国人が八郎側へ入れば、そこでまた商売が始まる。

「……戦しに来とるんか、町作りに来とるんか分からんな」

「両方なのでしょうな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さらに追い打ちとなったのが。

「捕虜が戻ってきております」

「何?」

 以前捕らえられていた山名兵だった。

 武器はない。

 だが飯を食わせてもらい。

 働いた者には銭まで持たせて。

 家へ帰りたい者から返され始めている。

「なぜ今返す?」

「もう勝負は決まったと見ているのでしょう」

 その答えに、部屋が静かになった。

 捕虜すら必要ない。

 戻ってきた兵も、もう一度武器を取って城へ入ろうという者ばかりではなかった。

「向こうで働いてた方が飯食えた、いう者までおります」

「……言わせておけ」

 そう吐き捨てても。

 戦意が削られていることは、誰の目にも明らかだった。

 城を囲まれ。

 周囲を切り取られ。

 その外では市が立つ。

 援軍はない。

「いよいよ、詰みやな」

 誰かが小さく呟いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 赤松側はさらに複雑だった。

「姫路が向こうへ入った」

 重い声が落ちる。

 八郎勢四万。

 西播磨から押し込んできた本隊とは別に、別動隊が各地の国人へ使者を飛ばしている。

 戦わずに傘下へ入るなら領地を認める。

 市も立てる。

 借金も調べる。

「二つ、三つどころやない。このままやと次々向こうへ行くぞ」

 そして。

 ついに姫路まで八郎側に入った。

「八郎本人が来るらしい」

「何しに?」

「城を直すとか」

「戦の指揮やなく?」

「町を作るそうや」

「……」

 また妙な沈黙が生まれる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「三好にもう一度使いを出せ」

「出しております」

「返事は?」

「芳しくありません」

「包囲網の時は一緒やったやろ!」

 苛立った声が飛ぶ。

「ある意味、三好も旗振り役やったやないか。こんな時に何もしよらんのか」

「向こうにも事情があるようで」

 三好側も、四国で八郎に敗れている。

 しかも捕虜は、まだ全員戻ってはいない。

 八郎は一部を無償で返した。

 だが、それで和睦したわけでもない。

「今、三好が八郎ともう一度正面からやり合う段ではない、ということでしょう」

「……距離もあるか」

「はい」

 摂津や畿内から大軍を動かし、播磨まで救援に出す。

 簡単な話ではなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なら本願寺は?」

「今回の包囲網には関係ございません」

「隣やぞ」

「隣だから助けてくれる、というものでもないでしょう」

 その言葉に、皆が黙る。

 本願寺からすれば。

 赤松のために八郎家四万と戦う理由がない。

「……厳しいな」

「はい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 山名も。

 赤松も。

 同じところへ追い込まれつつあった。

 最後まで戦うか。

 今のうちに条件を聞くか。

 あるいは少しでも有利な形で折り合いをつけるか。

「降伏勧告は?」

「来ております」

「条件は?」

「今なら、家臣や国人の処遇については話を聞く、と」

「今なら、か」

 時間が経てば。

 国人がさらに抜ける。

 町がさらに八郎側へ組み込まれる。

 兵糧の差も広がる。

 つまり。

 待てば待つほど、交渉材料そのものが消えていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「最後に一戦するか」

「勝てますか」

 誰も答えなかった。

「では、降るか」

「それも……」

 簡単には言えない。

 家名。

 面目。

 先祖代々の土地。

 それを捨てる決断になる。

「もう少し粘れば、何か変わるかもしれん」

「何が変わります?」

 その問いにも。

 答えはなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 山名の城外では。

 今日も新しい市へ米俵が運び込まれていた。

 播磨では。

 姫路へ八郎商会の者たちが入り、蔵と道の場所を測り始めていた。

 まだ戦は終わっていない。

 だが。

 八郎側だけは。

 すでに終わった後の世界を作り始めている。

 それこそが。

 山名と赤松にとって。

 兵の数以上に、戦意を削る光景になっていた。

「……決めんとあかんな」

 抗うのか。

 折れるのか。

 残せるものを残すのか。

 六月一週目。

 山名と赤松はともに。

 戦うかどうかではなく、どの形で終わらせるかを考える段階へ追い込まれていた。

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