1537年。六月一週目 包囲したなら、もう返しましょう
六月一週目。
八郎は博多を出た。
まず湯築へ入り、そこから船で高松へ。
瀬戸内を東へ進むにつれて、戦場からの書状が次々と届いてくるようになった。
「山名の方、どうです?」
「本拠を包囲いたしました」
「もう?」
「はい。二万五千を展開しておりますので」
八郎は書状を読みながら頷く。
「なら、ほぼ決まりでしょう」
「そう見ております」
因幡側から押し込み。
但馬へ入り。
周辺の国人衆も少しずつ八郎側へ傾いている。
残る山名勢は、大軍に囲われた。
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「ほな、捕虜返しましょうか」
「山名の捕虜を?」
「はい」
これまで預かっていた山名兵。
武具はすでに取り上げている。
「家へ帰るか、市で働くか、本人に選んでもらってください」
「今返してよろしいので?」
「ええでしょう」
八郎はあっさり答える。
「帰ったところで武器ないでしょう?」
「ありません」
「二万五千で囲んでるんでしょう?」
「はい」
「なら今さら百人、二百人帰ったところで何も変わらんでしょう」
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帰る者は帰す。
働きたい者は。
道普請。
蔵。
荷運び。
市。
畑。
いつもの仕事へ回す。
「山名家へ戻りたい言うても、もう戦が終わるところでしょう」
「そうなりそうです」
「なら、それも本人に任せましょう」
さらに八郎は言った。
「包囲に二万五千もいらんようになったら、二万ぐらい残して」
「残りは?」
「周りへ回してください」
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八郎が見ているのは、城だけではなかった。
「国人衆が、うちの傘下に入りたいと言うてきたら?」
「領地を確認します」
「そのまま市を立ち上げてください」
「すぐに?」
「はい」
そのための銭は。
すでに帳面へ計上してある。
「取ってから考えるんやなくて、取ったらすぐ動かしてください」
「承知しました」
山名を倒す。
その翌日から。
人が飯を食えるようにする。
商売を始める。
借金を調べる。
「戦争終わってから半年待つ、とか嫌なんですよ」
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播磨からも報告が来ていた。
「西から二束、三束と、こちらへなびき始めております」
「やっぱり来ましたね」
赤松配下の国人衆。
戦わずに八郎側へ入る者。
様子を見る者。
使者だけ寄こす者。
「姫路って、東から数えたら六束目か七束目ぐらいの感覚ですよね」
「おおむね、その辺りでしょう」
「なら、まだ少しかかりますね」
八郎は地図を見る。
播磨は広い。
三万五千石の束で十束。
西側から少しずつ八郎家の色に変わっていく。
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「ここも同じでええです」
「同じ?」
「国人衆が傘下に入ったら、その土地から市を作ってください」
「戦線の後ろから順に」
「はい」
道を通す。
蔵を置く。
商人を呼ぶ。
食べ物を流す。
必要なら宿も作る。
「淡々とやってください」
「八郎様は?」
「僕は町づくりします」
「どこの?」
「姫路です」
「まだ取ってませんよ」
「取れたらです」
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家臣たちが笑った。
八郎は気にせず地図の別の場所を見る。
「あと、山陽道と瀬戸内の商売をもっと広げたいです」
山口。
安芸。
備後。
備中。
備前。
そして播磨。
南側には伊予、高松。
「湯治場とか、市が育ちそうなところありますやん」
「ありますな」
「そういうところも順番に見てください」
人が泊まる。
飯を食う。
酒を飲む。
物を買う。
「人が止まる場所には商売できますから」
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「それと」
八郎は少し真面目な顔になる。
「土地持ってない人も、食えるようにしてください」
「農民ではない者ですか」
「はい」
土地を継げなかった者。
元兵士。
流れてきた者。
商売を始めたい者。
「軍に入るでもええし、八郎商会で働くでもええ」
荷運び。
船。
蔵。
店。
職人。
「田畑持ってないから食えません、だけは減らしたいんです」
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担当の者が頷いた。
「細かいところはこちらで?」
「お願いします」
「ずいぶん任せられますな」
「もう全部見切れません」
八郎は平然と言った。
「但馬の一つ一つの市まで僕が見て、播磨の国人衆一人一人見て、高松見て、博多見て、交易見て」
首を振る。
「無理です」
「では、我らで判断して?」
「帳面と相場表だけちゃんと残してください」
「承知しました」
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「任せていただけるのは光栄です」
家臣の一人が言う。
八郎は笑った。
「任せられる人がおらんかったら、こんな領地持てませんよ」
山名は包囲された。
播磨では国人衆が西から順に八郎側へ傾いている。
だが八郎本人は。
戦場へ行くつもりはなかった。
「姫路取れたら呼んでください」
「すぐに?」
「すぐ行きます」
「戦況より町ですか」
「戦は皆さんに任せます」
八郎は地図の姫路を指で叩いた。
「僕は、その後を作りますから」
六月一週目。
八郎家の戦は。
城を落とす者と。
落とした後に町を作る者へ。
少しずつ役割が分かれ始めていた。




