1537年。五月四週目 高度に政治的な会議
五月四週目。
屋敷の廊下を歩いていた八郎は、妙な光景を見つけた。
一郎兄さんと三郎兄さんが、部屋の中央で揃って正座している。
その前には、それぞれの嫁たち。
空気が重い。
「……どうしたんです?」
一郎が八郎を見る。
「八郎。ちょうどええところに来た」
「また何か悪いことしたんですか?」
「してへん」
「ほんまです?」
「重要な外交や」
「正座ですけど」
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話を聞けば。
最近、京や堺から商人たちが博多へ来た。
そこで一郎と三郎は、商談の後に彼らを連れて遊郭へ繰り出したらしい。
「なんではしゃぎに行く必要があるんです?」
「八郎までそっち側につくな」
「いや、うちの屋敷でもてなしたらええやないですか」
「そういう話やないねん」
三郎が力説する。
「高度に政治的な話や」
八郎が首を傾げた。
「酒飲まないと高度に政治的な話できないんですか?」
「そういう場合もある」
嫁たちの視線がさらに冷たくなった。
「へえ」
「八郎、その『へえ』やめろ」
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「私らの前ではできん話なんです?」
「いや、まあ」
「私たちの悪口ですか?」
「違う違う!」
一郎が即座に否定する。
「華やかな場所でな。一緒に酒飲んで、ちょっと羽目外して、それで仲良うなることもあるんや」
「なるほど」
八郎は真面目に頷いた。
「聞いてください、八郎様」
一郎の嫁が言う。
「子供ができても、この有様ですよ」
「どうします?」
「どうします言われても……」
八郎は困った。
「もう好きにしてください、としか」
「八郎!」
「僕が裁くんです?」
「領主でしょう」
「夫婦喧嘩までですか?」
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そこで八郎は、余計なことを思いついた。
「まあでも、遊郭でしか取れない栄養ってありますもんね」
一郎が目を見開く。
「八郎! 火に油注ぐな!」
「へえ」
嫁たちが一斉に兄たちを見る。
「遊郭でしか取れない栄養があるんですか」
「いや、今のは八郎が勝手に」
「へええ」
「八郎!」
「すいません」
八郎は少し笑った。
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「それで?」
今度は三郎の嫁が聞く。
「その栄養は、そんな頻繁に取らなあかんものなんです?」
「頻繁かどうかは僕知らないですよ」
「八郎、逃げるな」
「いや、僕まだ七歳ですよ?」
「こういう時だけ七歳使うな」
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「でもまあ」
八郎は話を変えた。
「兄上たちも、これからずっと博多におるわけちゃいますよ」
「そうなんか?」
「この前話したでしょう」
山陽道。
瀬戸内。
湯築。
高松。
山口。
安芸。
備後。
備中。
備前。
そしてこれから取る予定の姫路。
「この辺を八郎家として、もっとぐるぐる回るようにしたいんです」
「また町作るんやろ?」
「作りますよ」
「ほら」
一郎の嫁がすぐ反応した。
「博多みたいな町にするんでしょう?」
「できれば」
「遊郭も?」
「必要があれば、ありちゃいます?」
「作るんやないですか!」
「いや、景気良かったら勝手にできることもありますし」
「安心して送り出されへん!」
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八郎が不思議そうに言う。
「ほな、一緒に行ったらええんちゃいます?」
「一緒に?」
「姫路にも屋敷作るでしょうし、高松にも泊まるところありますし。
家族で移動したらええやないですか」
一郎が微妙な顔をする。
「それはそれでなあ」
「何です?」
「監視されてるみたいで嫌や」
嫁の眉が上がった。
「監視されるようなことするからでしょう?」
「いや、そうやなくてやな」
「なるほど」
八郎だけが感心している。
「なかなか難しいですね」
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「なら、兄上たちにお目付けの者をつけたらええんちゃいます?」
「もっと嫌や!」
「でも嫁さん連れて行くの嫌なんでしょう?」
「そういう意味ちゃう」
「一人で行かせるのも不安なんでしょう?」
「そうです」
「じゃあお目付け」
「八郎様、それ採用しましょう」
「やめろ!」
三郎まで声を上げた。
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八郎は腕を組む。
「なかなかいたちごっこですね」
「お前、面白そうに言うな」
「いや、実際ちょっと面白いです」
「八郎」
「はい」
「お前もそのうち分かる」
「僕、嫁さん四人いるんですけど」
部屋が一瞬静かになった。
「……お前の方が大変やないか」
「だから僕、みんな一緒に旅行してるでしょう?」
「それとこれは違う!」
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結局。
一郎と三郎の正座は、まだしばらく続いた。
八郎は助けるつもりで入ったはずなのに。
途中から完全に話を面白がっていた。
「じゃあ今度、姫路に遊郭作る時は」
「八郎様?」
「……何でもないです」
嫁たちの視線を受け。
八郎は静かに席を立った。
「ほな、僕は帳面見てきます」
「逃げたな!」
「高度に政治的な仕事があるんで」
「その言い方まで覚えるな!」
五月四週目。
八郎家の外交は。
今日もなぜか。
家庭内の正座から始まっていた。




