↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
954/1041

1537年。五月四週目 芋と、二本の交易路

 五月四週目。

 博多の屋敷で帳面を眺めていた八郎は、ふと思い出したように一郎兄さんと次郎兄さんへ声をかけた。

「そういえば兄上」

「なんや」

「芋、どうなりました?」

「芋?」

「苗ですよ。あれだけ銭渡したでしょう」

 一郎が、ああ、と笑った。

「いやいや。あれだけ大金渡されたら、やるしかないやろ」

 九州では以前から少しずつ増やしていた。

 そこから取れる苗を集め。

 さらに買えるものは買えるだけ買った。

「増やせそうなやつは、新しい苗にしてな。四国と中国地方にも順番に送っとる」

「おお」

「今年の秋口ぐらいには、第一陣が取れるはずや」

 八郎の顔が明るくなった。

「それで十分です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただな」

 次郎が言う。

「お前が前に言うてた芋焼酎まで、一気には無理やぞ」

「いやいや、ええんですよ」

「ええんか?」

「まず食えることの方が大事です」

 八郎は即答した。

 飢饉。

 凶作。

 兵糧不足。

 そういう時に、食べられるものが一つ増える。

「まず芋が腹に入る。それが一番です」

 焼酎はその後。

「設備もいりますし、作り方を知ってる人も育てなあかんでしょう」

「なら、なんであんな嬉しそうに芋焼酎の話するんや」

「好きなんですよ」

「自画自賛やないか」

「まあ、そうなんですけど」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ただ。

 八郎は芋焼酎にも商売の可能性を感じていた。

「芋が余るぐらい取れるようになったら、焼酎にしたい人も出てくるでしょう」

「売れるならな」

「そこです」

 全員に作らせればいいわけではない。

 芋焼酎が珍しく、値がつくうちは商売になる。

 だが皆が一斉に作れば。

「値段落ちますからね」

「ようそこまで考えるな」

「売れへんもん大量に作って、八郎商会が全部抱えるのも嫌でしょう?」

「そら嫌や」

「だから相場見ながらです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただ、酒にしてからは扱いやすいんですよね」

「日持ちするからな」

「そうです」

 腐りやすいものより保管しやすい。

 日本酒とはまた違う。

「嗜好品として、ええと思うんですよ」

「また自分で褒めとる」

「ええもんはええんです」

 八郎は笑った。

「いずれ山陽道と瀬戸内を通して、堺でも売れたら面白いですね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「その前に、芋の食い方も増やしたいですけど」

「焼く以外か?」

「はい」

 煮る。

 潰す。

 汁に入れる。

 他の穀物と合わせる。

「なんか美味い食い方を見つけてくださいよ」

「またこっちに投げるんか」

「僕が全部料理考えられませんって」

「農具は?」

「それもですね」

 耕しやすい道具。

 運びやすい道具。

 収穫しやすい道具。

「農業まで見るんか?」

「いやいや」

 八郎は両手を振った。

「もう大きいところしか見られません」

 畑一枚一枚まで口を出したら。

 本当に何もできなくなる。

「僕は領地全体をぐるぐる回すことだけ考えます」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「今は但馬と播磨ですしね」

 山名。

 赤松。

 その先へ進めば。

 八郎が今回、京で見てきた世界へ近づく。

「ここから先は、土地取ったら終わり、ではなさそうですし」

「寺もある」

「幕府もあります」

「朝廷もあるな」

「それです」

 八郎は嫌そうな顔をした。

「政治、めっちゃ面倒なんですよ」

「領主が言うことやないぞ」

「だからその辺は、得意な人にお願いします」

「また任せるんか」

「お願いします」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎が見たいのは、もっと大きな流れだった。

 瀬戸内。

 山陽道。

 そして、もう一本。

「日本海側も、そろそろ線になりますよ」

「線?」

「はい」

 石見。

 出雲。

 伯耆。

 因幡。

 そして今度、山名領の但馬を取る。

 その先には丹後がある。

「但馬から丹後へつながれば、日本海側も一本になるでしょう?」

「まあ、そうなるな」

「尼子の姫君にも、別に悪いこと言うてるつもりやないですよ」

 旧尼子領を飲み込んだ。

 だが、それを潰したままにする気はない。

「日本海側は日本海側で、瀬戸内と違う物が動きます」

 魚。

 塩。

 木材。

 紙。

 米。

 そして石見の銀。

「銀も東へ持っていけるようになりますやん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「丹後からさらに向こうへ行けば、京の北側にも近づきます」

 瀬戸内から京へ向かう線とは別に。

 日本海からも東へ伸びる。

「だから相場表だけは、ほんまにきっちりしてください」

 どこで何が高い。

 どこで何が余っている。

 どこの港に何を運べば銭になる。

「僕が全部指図する必要はないんです」

「現場で判断させる?」

「はい」

 八郎は頷いた。

「相場だけ間違えんかったら、現場で積み上げてもらった方が早いです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一郎がしばらく八郎を見ていた。

「お前、芋の話から日本海まで行ったな」

「つながってますから」

「どこがや」

「全部、飯と物流でしょう?」

 一郎と次郎が顔を見合わせる。

「もう好きにせえ」

「はい。そうします」

 五月四週目。

 九州で増やされた芋の苗は。

 四国へ。

 中国地方へ。

 少しずつ広がり始めていた。

 そして八郎の頭の中では。

 瀬戸内と山陽道の太い道に加えて、日本海側にも、もう一本の交易の線が描かれ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。