1537年。五月三週目 久しぶりの八郎家団欒
五月三週目。
久しぶりに博多の屋敷で家族がそろい、夕餉を囲むことになった。
焼いた魚。
汁物。
煮物。
山盛りの飯。
京では人に会ってばかりだった八郎も、ようやく肩の力が抜けた顔で箸を動かしている。
「しかし八郎は、また東へ行くんか」
父が魚をほぐしながら尋ねた。
「姫路を取れたら、しばらくはそっちにおるかもしれませんね」
「ほんまに落ち着かんな」
「九州と四国の方は、よろしくお願いします」
「さらっと言うな」
父が笑う。
「もう話がでかすぎるんや」
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「でも、今は八郎家の領地がどうこうより」
八郎は飯を飲み込みながら言った。
「八郎商会さえちゃんと回って、銭が回ってたら、だいたい何とかなりますよ」
「それが一番でかいやろ」
「まあ、そうなんですけど」
戦後に抱えた借金も、ようやく全部消えた。
商会にはまた銭が積み上がり始めている。
「借金ないですから、急に変な動きは起きにくいと思います」
「思います?」
「何があるか分からんでしょう」
八郎は少しだけ真面目な顔になる。
「京を見てたら、特にそう思いました」
「そんなに物騒やったか」
「今すぐどうこうではないですけど」
幕府。
朝廷。
寺。
町衆。
武家。
それぞれが別々の理屈で動いている。
「なんか起きそうな気はしますよ」
「うちは穏やかでええな」
「ほんまですよ」
八郎が笑う。
「うちだけですよ。こんだけ領地増えて、飯食いながら次どこの温泉行くか話してるの」
「昔には戻れへんなあ」
父がしみじみ言う。
「庄屋だけやってた頃にな」
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「領地が増えたら、また色んなもん入ってくるんか?」
「入ってきますよ」
八郎の声が少し明るくなった。
「京でも、本を写してもらえるように話つけましたから」
「また本か」
「本、大事ですよ」
京で写された本が堺へ。
堺から船で西へ。
博多の書庫に届く。
「それだけやないですよ。旅したい人がおったら、旅費出しますって言ってきました」
「京の人間に?」
「はい」
「何しに来るんや」
「遊びに」
「遊び?」
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「歌の一つでも詠んでくれたら儲けもんでしょう」
讃岐へ行く。
道後へ行く。
別府へ行く。
太宰府へ行く。
そこで日記を書く。
歌を作る。
絵を描く。
「それを八郎商会が買って、また冊子にする」
「で、それを売るんか」
「売ってもええし、書庫で読ませてもええです」
「それ、ちゃんと仕事なんか?」
兄の一人が笑う。
八郎も笑った。
「飯作る仕事ではないですけど、僕は大事やと思いますよ」
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「なんでや?」
「暇になるからです」
「暇?」
「衣食住が安定したら、人って暇になるでしょう?」
毎日、生きるだけで精一杯なら。
そんなことを考える余裕はない。
だが、飯がある。
寝床がある。
少し銭もある。
「その次に何するかやと思うんです」
「遊ぶんか」
「遊ばせたらええんですよ」
家族が八郎を見る。
「暇になって、みんなろくでもないこと考え始めるよりええでしょう?」
「言い方が悪いな」
「でもそうでしょう?」
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「だから、いっぱい遊び作りたいんです」
祭り。
旅。
本。
歌。
芝居。
囲碁。
将棋。
「囲碁とか将棋なら、誰でもできるでしょう」
「難しいぞ」
「強くなくてええんですよ」
町ごとに大会を開く。
村でもやる。
商人同士でもやる。
武士でも農民でも。
「勝ったら酒一本とか、飯一食とか」
「安い褒美やな」
「そのくらいがええでしょう」
大金を出さなくても。
人は勝った負けたで盛り上がる。
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「畑仕事でもあるでしょう?」
種をまく。
草を取る。
収穫する。
だが一年中ずっと同じ忙しさではない。
「ちょっと暇になる時ありますやん」
「まあ、あるな」
「その時に、囲碁でも将棋でも、祭りでも、旅でも」
誰かが夢中になれるもの。
明日もやりたいと思えるもの。
また誰かと会いたいと思えるもの。
「そういうの、いっぱいあった方がええと思うんです」
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母が呆れたように笑った。
「お前、そんなことまで考えてるんか」
「考えますよ」
「戦のことも?」
「考えます」
「道も?」
「考えます」
「商売も?」
「考えます」
「本も?」
「考えます」
「遊びも?」
「めっちゃ考えます」
父が箸を止めた。
「……考えすぎちゃうか」
「僕もそう思います」
八郎は平然と答えた。
一同が笑う。
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「まあでも」
八郎は汁をすすりながら続けた。
「僕一人が全部考えるのは無理なんですよ」
だから京の人にも考えてもらう。
商人にも。
僧にも。
農民にも。
旅人にも。
「面白いこと思いついた人に、ちょっと銭渡したらええんです」
「また銭か」
「銭あるんですから」
「それ言うたらすぐなくなるぞ」
「また稼ぎます」
あまりにもいつも通りの答えだった。
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戦が終わり。
借金が消え。
領地が広がった。
それでも八郎の頭の中は、次の戦だけを見ているわけではなかった。
道を作る。
町を作る。
本を増やす。
旅をさせる。
遊びを増やす。
そして。
人が暇になっても、退屈しない場所を作る。
「姫路でも、なんか大会やりましょうかね」
「まだ取ってへんぞ」
「そうでした」
また笑いが起きた。
五月三週目。
久しぶりの八郎家の夕餉は。
いつの間にか。
西国中をどうやって楽しく暇にさせるかという、妙な作戦会議になっていた。




