1537年。五月三週目 東の博多を作りたい
五月三週目。
京から堺、高松を経て。
八郎たちはようやく博多へ戻ってきた。
「ただいま帰りました」
「よう戻ったな」
父と母、それに家族へ一通り挨拶を済ませる。
「まあ、無事に京まで行けましたし」
幕府へも。
朝廷へも。
必要な寄進はできた。
京の町衆とも話せたし、筆写の仕事も残してきた。
「僕の顔も、とりあえず見せられましたから。行った意味はあったかなと思います」
「京はどうやった?」
父に聞かれて、八郎は少し考える。
「面白かったですよ」
「なら住みたいか?」
「いや、それはちょっと違うかなと」
「違う?」
「ややこしいですもん」
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幕府。
朝廷。
寺社。
町衆。
それぞれに立場があり、それぞれに面目がある。
「博多に慣れてから京に住むのは、しんどいかなあと思いました」
「博多の方がええか」
「僕は好きですよ」
だが、一つだけ問題があった。
「遠いんですよ。とにかく」
博多から京まで。
船を乗り継ぎ。
港へ寄り。
また陸路へ入る。
「だから、中継地点をもっと太くしたいんです」
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八郎は地図を広げた。
「こっちです」
博多から山口。
さらに東へ。
安芸。
備後。
備中。
備前。
そして播磨。
「山陽道を、もっとちゃんとした道にしたい」
その南には瀬戸内海。
伊予。
讃岐。
さらに東へ進めば播磨。
「陸の山陽道と、瀬戸内の船の道。この二つを一緒に太くしたいんですよ」
「また大きな話やな」
「でも、もううちの領地や付き合いのあるところばっかりでしょう?」
道。
港。
蔵。
宿。
市場。
これを順番に整えていく。
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「特に伊予と高松」
八郎の指が東へ動く。
「それと姫路」
「姫路?」
「はい」
「まだ赤松の土地やろ」
父の言葉に八郎は平然と頷いた。
「今は」
「今は、て」
「四万で攻めるよう手紙出しましたから」
「お前なあ……」
播磨は三万五千石の束で十束ほど。
西側の一束ほどは、すでに八郎側へ入っている。
「四万動かしたら、どこまでこちらに来るかですね」
目標の一つが姫路城だった。
「姫路まで取れたら、一回止めてもらうつもりです」
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「山名の方も?」
「二万五千です」
「そっちもか」
「因幡方面の五千に二万足して、但馬まで全部取ってもらいます」
山名を飲み込む。
赤松はまず播磨半分。
「それが終わる頃に、僕は姫路へ行ってもええかなと思ってまして」
「姫路へ住むんか?」
「ずっとではないですよ」
八郎は笑った。
「西の博多に対して、東の博多みたいにしたら面白いやないですか」
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「博多でやったことを、姫路でもやるんです」
市を作る。
商人を呼ぶ。
宿を増やす。
倉を建てる。
本を置く。
飯を食える場所を増やす。
「博多ほどになるかは分かりませんけど」
「また銭かかるぞ」
「かかりますね」
「せっかく貯めたのに」
「使うために貯めてますから」
母が呆れたように笑った。
「博多の居心地ええのに」
「父上と母上は、ここにいてもらったらええですよ」
「お前だけ行くんか」
「僕はぐるぐるします」
「ずいぶん適当やな」
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「いやいや、その方が発想が鈍らんでしょう」
指示系統の中心は博多でいい。
帳面も。
大きな決裁も。
商会の中枢も。
「でも僕自身まで、ずっと博多におる必要はないと思うんです」
京を見るなら東へ。
九州を見るなら西へ。
四国を見るなら南へ。
「屋敷ぐらい何か所か持って、回ったらええでしょう」
「領主の言うことやないな」
「商人でもありますから」
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もちろん。
東へ行くからといって、九州や四国を軽く見るわけではない。
「むしろ兵站では九州と四国が大事です」
米。
芋。
船。
人。
九州と四国が安定しているからこそ、東へ動ける。
「あと、ご縁会も続けてもらいたいです」
「また縁組か」
「大事ですよ」
国人同士。
商人同士。
家同士。
九州で縁を増やし、土地を固める。
「それ、中国地方でもやらなあかんでしょう」
四国でも。
新しく入った土地でも。
「僕が全部そこにおらんでも、人同士が勝手につながるようにしたいんです」
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「だから手紙を密にしましょう」
そして時々。
皆で動く。
「伊予に寄ったら道後温泉入って」
「また湯か」
「高松へ行ったら塩江もありますし」
「仕事なんか遊びなんか分からんな」
「両方ですよ」
八郎は楽しそうに地図を眺めた。
博多。
山口。
伊予。
高松。
そして、まだ赤松領の姫路。
「ここを家族も商人も旅人も、ぐるぐる回れるようにしたいんです」
領地を増やすだけではない。
人が動く。
銭が動く。
食べ物が動く。
本が動く。
そして家族も動く。
「博多を捨てるわけやないです」
八郎は言った。
「博多を中心にしたまま、東にも博多みたいな場所を一個作りたいんですよ」
父はしばらく地図を眺め。
小さく息を吐いた。
「……まず姫路を取ってから言え」
「それもそうですね」
五月三週目。
八郎の目は。
すでに博多の外へ。
瀬戸内のずっと東まで向いていた。




