1537年。五月二週目 高松で、次の戦支度
五月二週目。
堺で帳面を締めた八郎たちは、そのまま船に乗り、瀬戸内を西へ戻った。
そして高松へ到着すると。
八郎は城へ入るなり、休むより先に地図を広げた。
「ほな、次の話しましょうか」
「もうですか?」
「借金、全部返しましたからね」
「だから戦していい、という話でもないと思いますが」
「でも、向こうから殴ってきたんでしょう?」
八郎は当然のように言った。
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「まず山名です」
因幡方面には、すでに警備として五千ほど兵を置いている。
「そこへ二万追加しましょう」
「二万五千ですか」
「はい」
目標は明確だった。
「山名は、今回は全部取ります」
因幡の多くはすでに八郎側へ傾いている。
残る但馬を中心とした山名勢力を、そのまま残しておけば。
またいつ何かあるか分からない。
「前の戦で叩かれた以上、ここはちゃんと終わらせたいです」
「分かりました」
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「次、赤松」
備前・播磨方面にはすでに一万ほど展開している。
「こっちは三万追加して、四万で」
「四万ですか」
「播磨、大きいでしょう?」
「大きいです」
「なら、それぐらいいるでしょう」
兵をどこから集めるかについて、八郎は細かく指定しなかった。
「西の方で暇そうにしてるところから、順番に出してもらってください」
「暇そう、で軍を集めないでください」
「いや、今すぐ危ないところから抜いたらあかんでしょう」
「それはそうですが」
九州。
中国。
四国。
必要な場所の警備を崩さない範囲で。
三万を順次、高松や備前方面へ送り込む。
「高松から船を飛ばしてください」
各地へ命令を出す。
兵糧。
船。
宿営地。
市場。
蔵。
「一気にやらんでもええです。順繰り準備して、ちゃんと揃ってから動いてください」
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「赤松は全部取るのですか?」
「いや」
八郎は播磨の地図を見る。
「播磨はでかいですから」
三万五千石の束で数えれば、およそ十束。
「半分ぐらい取ったところで、一回連絡ください」
「半分?」
「はい」
その中でも。
八郎が指差した場所は決まっていた。
「姫路です」
「姫路城?」
「ここ欲しいです」
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家臣たちが地図を覗き込む。
「何に使われます?」
「東へ行く拠点です」
博多から京は遠い。
今回、実際に移動してみて改めて感じた。
「僕の頭の中では」
八郎が指を動かす。
「博多」
そこから山口。
瀬戸内へ出て。
伊予。
高松。
そして播磨。
「この線を、もっと太くしたいんですよ」
もちろん薩摩も。
日向も。
豊後も。
山陰も。
どうでもいいわけではない。
「でも京へ向かう一直線の道は、別にちゃんと作った方がええと思うんです」
特に船の道。
瀬戸内をぐるぐる回る道だ。
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「そこに遊びも入れたいんですよね」
「また遊びですか」
「大事ですよ」
指宿。
別府は大友領だが、寄ることはできる。
伊予には道後。
讃岐には塩江。
「船乗って、商売して、温泉入って、また次の町行く」
「ずいぶん楽しそうですな」
「でしょう?」
八郎商会の者が。
商人が。
旅人が。
そして八郎一家自身が。
博多から伊予へ。
伊予から高松へ。
高松から播磨へ。
「ぐるぐる回るようになったら、商売の道も勝手に太くなるでしょう?」
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「本当なら摂津まで欲しいんですけどね」
八郎が言った瞬間。
何人かの顔が微妙になる。
「……そこから先は」
「ややこしいでしょう?」
「かなり」
三好。
本願寺。
細川。
寺社。
幕府。
朝廷。
京へ近づけば近づくほど。
単純に城を取れば終わり、という話ではなくなる。
「今回の京でも思いました」
八郎は苦笑した。
「寺と幕府と朝廷と町衆と、全部別々でしょう?」
「はい」
「面倒です」
「八郎様」
「悪口ちゃいますよ」
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「だから、まず姫路です」
播磨の途中。
瀬戸内にも近い。
京からは離れている。
「姫路を大きくしましょう」
「城を?」
「城だけやないです」
市。
蔵。
宿。
船着き場へ続く道。
八郎商会の支店。
人が住める町。
「博多みたいにしたいです」
「また大きな話を」
「でも姫路なら、幕府や朝廷と毎回話せんでもできるでしょう?」
もちろん寺社との調整はいる。
だが摂津や京よりは遥かにやりやすい。
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八郎は地図の上で。
山名。
赤松。
姫路。
その三つを順番に指で叩いた。
「山名は二万五千で全部」
「はい」
「赤松は四万。播磨半分で一度止める」
「はい」
「そして姫路取れたら、すぐ知らせてください」
「姫路を東の拠点にする」
「そうです」
八郎は満足そうに頷いた。
「畿内へ攻め込むためやないですよ」
「では何のために?」
「京まで遊びに行きやすくするためです」
一瞬の沈黙。
「……四万集めて?」
「商売の道を太くするためでもあります」
「先にそちらを言ってください」
高松城の一室で。
次の戦支度が、静かに始まった。
目的は征服だけではない。
博多から瀬戸内を通り、姫路まで続く一本の太い道を作ること。
八郎の頭の中では。
もう戦の先にある町の姿まで、見え始めていた。




