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1537年。五月一週目 京の寺は、少し面倒くさい

 朝廷への挨拶を終えて一、二日。

 八郎は、京で始める仕事のために、また銭を動かしていた。

「筆写の方には、とりあえず三百万文ぐらい置いときましょうか」

「三百万ですか」

「はい。紙もいるし、筆写する人のお給金もいるでしょう」

 さらに町衆の方にも。

「五百万文ぐらい」

「何に使うんです?」

「商売でも、集まりでも。酒代でもええですよ」

「酒代まで?」

「面白いもんできるなら、多少無駄遣いしてもええでしょう」

 八郎としては、すべてをきっちり利益につなげる必要もなかった。

 京の人間が集まり。

 話をし。

 何かを書き。

 新しいものが生まれる。

 それ自体に銭を出してみたかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ところが。

 そんな話をしていたところへ。

「八郎様」

「はい?」

「延暦寺から使いの方が」

「……延暦寺?」

「はい」

 さらに。

「南禅寺からも」

「え?」

 ほかにも、名の通った寺社から次々と使者が来る。

 内容は丁寧だった。

 せっかく京へ来ているのなら、一度こちらへも顔を見せてはいかがか。

 挨拶を。

 話を。

「これ、どうしたらええんです?」

 八郎は、博多から同行していた町衆や法華宗の者たちを見る。

 すると。

「ほら来ましたよ」

「何がです?」

「幕府と朝廷へ挨拶したでしょう」

「しました」

「なら、うちにも挨拶に来い、いう話です」

「……そういうこと?」

「だいたいは」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎が困った顔をする。

「いやいや、でも僕、もう五千万文使ってますよ」

 幕府に二千五百万。

 朝廷に二千五百万。

 さらに町衆へ五百万。

 筆写関係へ三百万。

「旅行用の銭、もうそんな残ってないですよ」

「千何百万文ぐらいはあるでしょう」

「あるにはありますけど」

「ほな、今回は直接行かんでもええんちゃいます?」

「大丈夫なんです?」

「体調崩したことにしましょう」

「嘘つくんです?」

「京へ来てはしゃぎすぎて疲れた、ぐらいなら半分ほんまでしょう」

「……まあ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「寺ごとに十万文ぐらい包んで」

「十万」

「使者にも心付けを」

「また銭?」

「角立てないためです」

 丁寧な手紙も添える。

 ――京について勉強させていただいております。

 ――この度は日程の都合で伺えず申し訳ございません。

 ――また機会がございましたら、改めてご挨拶を。

「それで帰ってもらいましょう」

 何か所かに配れば。

 それだけで百、二百万文が消える。

 八郎は帳面を見て、妙な顔をした。

「……なんか腑に落ちない銭の使い方ですね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「銭が惜しいんです?」

「いや、別に」

 八郎は首を振る。

「納得できん使い方が嫌なんですよ」

 百万円あれば。

 炊き出しができる。

 道を直せる。

 人を雇える。

 書物を何冊も写せる。

「それを、挨拶しましたいうだけで渡すんでしょう?」

「まあ、京ではそういう銭もあります」

「だったら寺の前で炊き出し一回やった方がよくないです?」

「それ言うたらあきません」

「なんで?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 法華宗の者が苦笑する。

「格式がありますから」

「格式?」

「大きな寺ほど、面目を大事にします」

 もちろん施しをする寺もある。

 だが。

 八郎が博多周辺でやっているように。

 市を立て。

 飯を炊き。

 銭仕事を作り。

 町人と一緒になって騒ぐ。

 それを好まないところもある。

「我々も最初は、八郎様が寺や社の横で炊き出し始めた時、何してんねやと思いましたから」

「え?」

「今では慣れましたけど」

「言ってくださいよ」

「言うても聞かんかったでしょう」

「まあ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「京の大寺は」

 別の者が続ける。

「幕府や朝廷に二千五百万文ずつ出した、いう話を多分知ってます」

「早いですね」

「京ですから」

「それで、うちにも?」

「そういう面もあるでしょうな」

 一度大きく出せば。

 次も。

 さらにその次も。

「今後付き合うなら、もっと、という話になりかねません」

「みかじめ料みたいですね」

「八郎様」

「はい?」

「それも大きな声で言わんといてください」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は深くため息をついた。

「京、ほんま面倒ですね」

「ようやく分かってきました?」

「分かってきました」

 博多なら。

 銭を出す。

 飯が出る。

 仕事ができる。

 市が回る。

 何に使ったかが、だいたい目に見える。

 京では。

 銭を出して。

 相手の顔を立て。

 それで初めて、何も起こらないことがある。

「何も起こらんために銭使うんですね」

「そういう銭もあります」

「僕、苦手です」

「でしょうな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 結局。

 八郎は直接寺へは出向かず。

 丁寧な書状と、少額の寄進。

 使者への心付け。

 それだけで済ませることにした。

「これで角立ちません?」

「多分」

「多分なんですね」

「京ですから」

 八郎はもう一度ため息をついた。

「博多帰ったら、炊き出ししたくなってきました」

「反動で?」

「はい」

「それはそれで結構です」

 五月一週目。

 八郎は初めて。

 銭を使っても、誰の腹も満たさず、道も直らず、本も増えない支出があることを知った。

「……やっぱり京、難しいですね」

「まだ一週間ですよ」

「もう十分難しいです」

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