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1537年。五月一週目 京の町衆へ挨拶する

 五月一週目。

 朝廷への取り次ぎには、もう少し時間が掛かるという。

「ほな、その間どうしましょう」

「せっかく京まで来たんです。町衆の方々にも挨拶しておきましょう」

 博多へ逃れてきていた法華宗の者や町家衆には、京に古い知り合いがいる。

 焼け出されて再建途中の者。

 なんとか京に残って商売を続けている者。

「じゃあ、ご近所回りですね」

「八郎様が言うと急に軽いですな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おお、生きとったか」

「ご無沙汰しております」

 博多へ逃れていた商人が、昔の知り合いへ頭を下げる。

「戻ってきたんか?」

「いやいや。今回はちょっと里帰りみたいなもんです」

「てっきり京へ戻るんかと思ったぞ」

「今、博多で手厚くしてもろてますから」

「博多で?」

「少しずつ商売も立て直してます」

 そこで。

 七歳の八郎が紹介された。

「こちらが?」

「うちのご当主様です」

「……この童が?」

「この七歳が、です」

「言い方!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 しかし説明を聞くうち、京の町衆の表情が変わっていった。

 大きな商会を動かし。

 九州から四国、中国地方西部まで巨大な経済圏を作り。

 市を立て。

 借金を整理し。

 書庫や湯治場まで作っている。

「播磨より西は、ずいぶん八郎様の色が濃くなりました」

「それは……どえらい話やな」

「いやいや」

 八郎が手を振った。

「僕、元は庄屋の八男ですから」

「庄屋?」

「はい」

 だからこそ。

 京の作法。

 和歌。

 連歌。

 書。

 絵。

 そういうものには弱い。

「学もまだまだですし、京みたいな町を作れるなんて思ってません」

「では何をしたい?」

「教えてほしいんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「僕一人が習ういうより」

 八郎は続ける。

「来ていただいた方が、博多の町の人らに何か残してくれたらええなと」

 書を教える。

 本を書く。

 絵を描く。

 芸を見せる。

 商いをする。

「その代わり、食えるようにするお手伝いはします」

「銭も?」

「仕事になるなら」

「商売も?」

「八郎商会でつなげられるところは」

 町衆の一人が笑った。

「今の博多は景気がええいう話、ほんまなんやな」

「まだまだですけどね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「船もありますよ」

 堺と博多。

 さらに今回の戦で、四国も八郎側に入った。

「高松にも寄れますし、伊予の湯築の方にも回れます」

「四国まで?」

「高松の近くには塩江いう湯も整え始めました」

 善通寺。

 金毘羅。

 瀬戸内の魚。

 湯治。

「その辺つないで、旅する人増やせへんかなと思ってます」

「旅を?」

「はい」

 まだ旅を遊びとして楽しむ者は多くない。

 だからこそ。

「漫遊記みたいなん書いてもろたら面白いかなと」

「お前さん、変わったこと考えるな」

「よく言われます」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は京の町並みを見る。

「僕は逆に、こっちから何か持って帰りたいんです」

 建物。

 商品。

 芸。

 本。

 町の仕組み。

「何が博多に合うか分からんので、いろいろ見たいです」

「全部持って帰るつもりか?」

「いやいや、合うものだけです」

 さらに。

「もし再建で銭が足らんとか、商売するのに何か困っとるとか」

「手伝う気か?」

「できる範囲なら」

 町衆が少し驚いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「その代わり九州へ来い、と?」

「別に来なくてもええですよ」

「え?」

「面白い句一つでも、本一冊でもええです」

 遠く離れていても。

 京で何が流行っている。

 どんな歌がある。

 どんな町になっている。

 それが博多へ届くだけでも楽しい。

「それだけで、遠くの人がわくわくするでしょう」

「……なるほどな」

「もちろん、遊びに来てくれたらもっと嬉しいですけど」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一人の町衆が笑う。

「では、その話をしに京まで来たんか」

「いえ」

 八郎は首を振る。

「今日は挨拶だけです」

「挨拶?」

「いきなり来て『博多来てください、何か書いてください、商売しましょう』は失礼でしょう」

 少し間があった。

「ああ」

「そこは分かるんやな」

「さすがに僕も分かりますよ!」

 笑いが広がった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その日は。

 何かを契約するでもなく。

 誰かを引き抜くでもなく。

 茶を飲み。

 京の昔話を聞き。

 博多の様子を話した。

「また顔出してもええです?」

「もちろんや」

「そのうち博多にも?」

「それは、おいおいやな」

「十分です」

 八郎は笑った。

 四月四週目。

 八郎は京へ来て初めて。

 銭を出すでも。

 土地を取るでもなく。

 ただ顔を見せ、人の話を聞いた。

 そして京の町衆の間には。

 「西に、妙な七歳児がおるらしい」

 という話だけが。

 少しずつ広がり始めていた。

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