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1537年。四月四週目 将軍家へのご挨拶

 四月四週目。

 京へ入って数日。

 町の様子を見て回りながら、八郎は幕府への取り次ぎを頼み、

 ようやく足利将軍家へ挨拶することになった。

「緊張しますねえ」

「旦那様でも緊張するんですね」

「しますよ。将軍様ですよ?」

「何十億文の帳面より?」

「それとは種類が違います」

 そう言いながらも、八郎の頭にあるのは半分ぐらい銭の話だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 対面すると、将軍家の側も八郎を興味深そうに見た。

「そなたが八郎か」

「はい。このたび九州より参りました」

「まだ七つと聞いておる」

「もう七歳でございます」

「そこは強調するのか」

 周囲から小さく笑いが漏れた。

 しばらく当たり障りのない話をした後、話題は京の現状へ移った。

「京はな」

 将軍は少し疲れたように言った。

「銭がいくらあっても足りぬ」

「そうなのですか」

「小競り合いがある。寺社との兼ね合いもある。町を建て直すにも銭がいる」

 八郎はここ数日見た景色を思い出した。

 焼け跡。

 再建中の町家。

 立派に残る寺。

「確かに、博多とは違いますね」

「その博多は、随分賑わっておるそうではないか」

「いやいや。まだまだでございます」

「まだまだ?」

「人の往来は増えました」

 船も来る。

 商人も来る。

 市も増えた。

「でも、楽しみがまだ足らないと思っております」

「楽しみ?」

「本とか、芸事とか、旅とか、茶とか。そういう文化です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 だから。

 京から博多へ流れてきた僧。

 町衆。

 筆写のできる者。

 職人。

「そういう方々に教えてもらいながら、少しずつ増やしております」

 将軍は感心したように頷いた。

「なかなかよい心掛けではないか」

「ありがとうございます」

「京も今は栄えておるところと、寂れておるところが入り混じっておる」

「少し見ました」

「せっかく来たのだ。見ていくがよい」

「ぜひ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そこで。

 将軍家の家臣が尋ねた。

「ところで、このたび寄進をお持ちとか」

「はい」

 八郎は頭を下げる。

「二万五千貫ほど、お納めしたいと思っております」

 一瞬。

 空気が変わった。

「……二万五千貫?」

「はい。二千五百万文です」

「それほど持ってきたのか」

 将軍が思わず身を乗り出した。

「儲かっておるのだな」

「いやいやいや」

 八郎は慌てる。

「積み重ねでございます」

「積み重ねて二万五千貫か」

「まあ……」

 言われると確かにおかしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「以前、九州探題のお話もいただきましたし」

 八郎は続ける。

「そのお礼も、まともにできておりませんでしたので」

 他家の領地をいくつも越えなければ京へ来られなかった。

 戦もあった。

 今回ようやく、堺から安全に上洛できた。

「そのご挨拶も兼ねております」

「殊勝なことだ」

「ありがとうございます」

「この年でそこまで考えるか」

「もう七歳ですので」

「まだ言うか」

 また笑いが起きた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「何か困ったことがあれば申せ」

 将軍は上機嫌だった。

「幕府として力になれることもあろう」

「ありがとうございます」

 八郎は深く頭を下げた。

 ただ。

 心の中では。

 ――今、京そのものがめちゃくちゃ揉めてますやん。

 とは思った。

 もちろん口には出さない。

「今後とも、よろしくお願いいたします」

 八郎はそのまま退出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎が去ったあと。

 将軍家では、しばらく二万五千貫の話が続いた。

「あの童」

「はい」

「もう少し頼めば、まだ出すのではないか?」

 家臣が苦笑する。

「それは、おいおいでよろしいかと」

「そうか?」

「本日これだけの銭を持ってきたばかりです」

 二万五千貫。

 当面の支出には十分大きい。

「まずは厚意を受けておくのがよろしいでしょう」

「……まあ、それもそうか」

「最初からさらに銭を求めては、向こうも警戒します」

「七歳だぞ?」

「七歳で、あの領地と商会を回しております」

「それもそうだな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 宿へ戻る八郎は。

 姫君たちと並んで歩きながら、少し首を傾げていた。

「どうでした?」

 夏姫が聞く。

「将軍様?」

「はい」

「立派な方でしたよ」

「でも?」

 八郎が少し黙る。

「……僕、二千五百万文渡しましたよね」

「渡しましたね」

「何かもらいました?」

「お言葉をいただきました」

「それだけ?」

「旦那様」

「いやいや、分かってますよ」

 八郎は苦笑した。

「こういうのは、すぐ見返り求めたらあかんのでしょう」

「そうですね」

「でも」

 八郎はぼそっと言う。

「何もしてくれへんのに、次また銭欲しい言われたら嫌やなあ」

 夏姫が笑った。

「それ、絶対ここでは言わないでくださいね」

「言いませんって」

 四月四週目。

 八郎は初めて将軍家と顔を合わせ。

 二千五百万文を寄進した。

 幕府側は。

 ――使える七歳児かもしれない。

 と思い。

 八郎側は。

 ――銭ばっかり頼まれたら嫌やな。

 と思った。

 友好的な初対面ではあった。

 ただし。

 両者が相手に期待しているものは、最初から少しずれていた。

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