1537年。四月四週目 借金はあと六億四千万文
四月四週目。
堺に滞在している八郎は、京へ向かう前に、三週目と四週目の帳面を簡単に締めることにした。
「細かいところまでは見ませんよ」
「ええんですか?」
「現地で帳面つけてもらってるでしょう」
交易。
市。
銀山。
兵の維持。
新領地の立ち上げ。
旅の費用。
全部ここで一文単位まで合わせようとしたら、堺へ来た意味がなくなる。
「一週目、二週目と似たような数字で、そこから交易もちょっと伸びてますから」
八郎が算盤を眺める。
「三週目、四週目合わせて、ざっくり七億文近い黒字で見ときましょう」
「ざっくりが七億なんですね」
「細かい数字は帰ってからです」
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「で」
八郎は新領地の借金帳を開いた。
「出雲、三万五千石の束五つ」
「はい」
「因幡、二つ」
「合わせて七束ですね」
一束につき、城、武士、農民などの負債をまとめて八千万文程度。
「七束なら?」
「五億六千万文です」
「ほな返しましょう」
「軽い!」
姫君たちから声が上がる。
「五億六千万文ですよ?」
「分かってますよ」
「それを『ほな』で消します?」
「借金は早い方がええでしょう」
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出雲。
元は尼子の中心地。
そして因幡は、今回の戦で山名から八郎側へ大きく傾いた土地。
「ここ全部きれいにしたら、見栄えええでしょう」
「見栄え?」
「借金完済です」
八郎が地図を広げる。
「尼子の姫様からしたら、元の家の領地が荒れたままよりええでしょうし」
尼子の姫君が少し笑う。
「それは、ありがたいです」
「でしょう?」
「山名は嫌がりそうですが」
「そこも少しあります」
「またですか」
「いやいや、結果ですよ」
因幡の国人衆が八郎側へ入り。
その途端、借金まで整理される。
山名側から見れば面白いはずがない。
「まあでも、今回は嫌がらせより住んでる人優先です」
「今回は?」
「いつもそうですよ」
誰も返事をしなかった。
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七億文近い黒字。
そこから五億六千万文。
「残りは?」
「一億四千万文前後ですね」
「これは積むんです?」
「一旦積みます」
さらに。
八郎は残っている借金を確認する。
「これで新しく入った領地の借金、あとざっくり六億四千万文です」
「……減りましたね」
「でしょう?」
一時は十億、十六億という数字だった。
それが今では六億四千万。
「もう一か月もせず消えるんちゃいます?」
「今の稼ぎなら、あり得ますな」
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「いやいや」
八郎はそこで首を振った。
「全部借金に入れるわけにはいきませんよ」
「兵站ですね」
「そうです」
今回。
二十万近い兵を動かして分かった。
銭だけあっても、米がその場所になければ意味がない。
蔵。
船。
干飯。
芋。
塩。
街道。
「それと何かあった時の蓄え」
「ようやく貯める気になりました?」
「今までだって貯めてますよ」
「減らす勢いがすごいだけです」
八郎は笑った。
「まあ、ぼちぼちやりましょう」
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すると夏姫が言う。
「それにしても、旦那様はすごいですね」
「でしょう?」
八郎が即座に胸を張った。
「もっと言ってください」
「十分ちやほやしてます」
「そうですよ」
「贅沢言うたらあきません」
「そうですか……」
少し残念そうな顔をする。
「僕、結構頑張ってますよ?」
「知ってます」
「五億六千万返しましたよ?」
「知ってますって」
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そんな話をしながら。
八郎は堺商人との商談へ向かった。
今度は借金ではない。
「京とか堺の品、ちょっとずつ博多へ持っていきたいんですよ」
「ちょっとずつ?」
「はい。最初から大量には買いません」
京の織物。
紙。
扇。
香。
茶に使う道具。
菓子。
細工物。
書物。
「何が売れるか分からんでしょう」
「八郎商会なら全部買うんかと思いましたわ」
「そんな雑な商売しませんよ」
まず少量。
博多へ。
高松へ。
必要なら山口や別府にも。
「売れ行き見ます」
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「土地によって違うと思うんですよ」
博多で売れる物が。
薩摩で売れるとは限らない。
京では普通の物が、四国では珍しいかもしれない。
「嗜好品なんか特にそうでしょう」
「なるほどな」
「僕が全部見て回るの無理ですから、帳面で見ます」
何個持っていった。
何日で売れた。
誰が買った。
もう一度欲しいと言われたか。
「そういうので判断しましょう」
堺商人が笑う。
「七歳にして、えらい堅実ですな」
「何十万個も買って売れへんかったら嫌でしょう」
「そらそうや」
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「なので」
八郎は商人たちへ頭を下げる。
「少しずつ、お付き合いお願いします」
「こちらこそ」
「京の面白い物あったら教えてください」
「文化人も?」
「それも欲しいです」
「結局何でも欲しいんですな」
「面白いものなら」
こうして。
四月四週目。
八郎は出雲と因幡の借金五億六千万文をまとめて消し。
残る新領地の負債を六億四千万文まで減らした。
その一方。
堺では大量に買い占めるのではなく。
京と堺の品を一つずつ試しながら。
西国へ新しい文化と商売を流す、小さな交易路を増やし始めていた。




