↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
940/1041

1537年。四月三週目 堺入りと、千人の帰還

 四月三週目の週末。

 八郎一行は、ようやく堺へ入った。

「いやあ、堺ですねえ」

「旦那様、ちょっと嬉しそうですね」

「そらそうですよ。うちも散々お世話になってますから」

 八郎商会にとって、堺は以前から重要な交易相手だった。

 しかも今回は。

 三好の捕虜千人を返し。

 そのまま京へ上洛するという話まで広まっている。

 物珍しさもあってか、八郎商会の宿所には朝から商人たちが次々と顔を出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「八郎様、ようこそ堺へ」

「こちらこそ、いつもお世話になってます」

「いやいや、お世話になっとるんはこっちですわ」

 八郎は商人のように頭を下げる。

「堺、景気どうです?」

「まずそれ聞きます?」

「商売人同士でしょう」

「殿様の挨拶ちゃいますな」

 笑いが起きる。

 八郎としても。

 米。

 酒。

 布。

 京の品。

 船。

 瀬戸内の荷。

 聞きたいことはいくらでもある。

「博多も今ちょっと景気ええんで、また何か面白いもんあったら持ってきてください」

「その話、聞いてますよ」

「どの話です?」

「銭ばらまいて遊ばせとるとか」

「言い方!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 八郎と入れ違うようにして。

 三好方へ、捕虜だった兵千人が戻っていた。

「よう帰ってきた!」

「心配しとったぞ!」

 出迎えた三好方の者たちは、ひとまず安堵した顔をする。

 ところが。

 帰ってきた兵の反応は、少し冷たかった。

「心配してくれてたんですか?」

「当たり前やろ」

「その割には、返還交渉ほとんど来てないって聞いてますけど」

「いや、それは……」

 兵たちの視線が刺さる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「最初の二百人が帰ってきた時にな」

 三好方の者が言い訳する。

「お前らがひどい扱いされてへんいう話は聞いた」

「はい」

「飯も食わせてもろて」

「はい」

「銭まで出とったそうやないか」

「一日四十文です」

「せやから、まあ……多少安心しとった部分はある」

 すると兵の一人が眉を寄せた。

「いやいや」

「何や」

「それ、八郎様やからですよ」

「……」

「他のところの捕虜やったら、どうなってたか分からんでしょう」

 牢へ入れられ。

 飯もろくにもらえず。

 下手をすれば殺される。

「向こうが大事にしてくれてるから助けに行かんでもええ、いう理屈にはならんでしょう」

 誰もすぐには返せなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それにな」

 三好方の者が、戻ってきた兵を見回す。

「お前ら、えらい肌つやええな」

「そうですか?」

「なんなら、ちょっと肥えてへんか?」

「……それがですね」

「もうええ!」

「まだ何も言ってませんやん」

「温泉入って酒飲んどったいう話やろ!」

「よくご存じで」

 周囲からため息が漏れた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも、武具は全部取られてますからね」

 兵の一人が言う。

「そら捕虜やからな」

「その武具、僕ら借金して買ってるんですよ」

「……」

「帰ってきても借金残ってます」

 向こうでは働けば四十文。

 飯も出た。

 寝床もあった。

「なんとか少し銭持って帰れましたけど」

 男は頭をかく。

「次また戦出ろ言われても、武具買い直さなあかんでしょう?」

「帰ってきてすぐそんな話するな」

「いや、現実ですやん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 別の兵も口を挟んだ。

「正直、しばらく戦はええです」

「お前まで」

「だって」

 三好が攻めた。

 ところが。

 向こうは倍近い軍勢を揃えてきた。

 押し返され。

 追い詰められ。

 降伏した時には、殺されると思った。

「ほんま、とんでもない目に遭ったんですよ」

 ところが捕まった後は。

 仕事を与えられ。

 飯を食い。

 銭まで受け取った。

「なんとか今、顔上げて帰って来れてるだけです」

 そう言い残し。

 兵たちはそれぞれの家へ帰っていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 残された三好方の者たちは、しばらく黙っていた。

「……これ、どうしたらええんやろな」

 そこに居合わせた堺商人が肩をすくめる。

「捕虜の方の言い分も、ごもっともちゃいます?」

「お前まで言うか」

「無理してでも銭集めて、『返してくれ』いう姿勢ぐらい見せた方がよかったんちゃいます」

「言うのは簡単や」

「そらそうですけど」

 商人は苦笑する。

「まあ今回は、七歳児の懐の広さに感謝したらええんちゃいます?」

「七歳児言うな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも千人、ただで返ってきたんでしょう?」

「まあな」

「船代まで向こう持ち」

「……そうやな」

「なら、今回の八郎殿の上洛」

 商人が続ける。

「道中の安全ぐらいは、きっちり守った方がええでしょう」

「それは約束する」

 三好方の者も頷いた。

 幕府へ挨拶。

 朝廷へ寄進。

 表向きは新婚旅行。

 しかも千人の捕虜を返した直後だ。

「ここで何かあったら、こっちの面目が立たん」

「そういうことです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その頃。

 堺の八郎は。

「いやあ、やっぱり堺は人多いですねえ」

 商人たちに囲まれながら、嬉しそうに茶を飲んでいた。

「京へ行く前に、もう何人か面白い人紹介してくださいよ」

「商人?」

「商人でも、文化人でも、職人でも」

「欲張りますなあ」

「せっかく来たんですから」

 四月三週目。

 八郎は堺で商人たちと笑い。

 その裏では。

 帰ってきた千人の捕虜が、三好方へ大量の不満と比較を持ち帰っていた。

 そして三好方は。

 その七歳児を。

 少なくとも京まで無事に通すことだけは、きっちり守ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。