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1537年。四月三週目 讃岐漫遊記と、三好の面目

 四月三週目。

 高松を発つ前。

 八郎は、塩江の湯から戻ってきても、まだ讃岐の地図を眺めていた。

「そういえば、讃岐って善通寺がありますよね」

「空海様ゆかりの寺として有名ですな」

「それと金毘羅」

「そちらも昔から参る者はおります」

 八郎が地図の上を指でなぞった。

「だったら、高松から塩江の湯へ行く道と、善通寺、金毘羅あたりを、ちょこちょこつないだら

 ええんちゃいます?」

「道を?」

「はい。別に全部立派にせんでもええんです」

 人が歩ける。

 荷物を運べる。

 途中で飯を食える。

 疲れたら休める。

「それぐらい整えといて、『讃岐漫遊記』でも作りましょう」

「勝手に名前まで作りましたな」

「今、思いつきました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は楽しそうに続ける。

「善通寺行って、金毘羅行って、高松で魚食べて、最後に塩江で湯に入るとか」

「最後なんですね、湯は」

「疲れてから入った方が気持ちええでしょう」

「そこは妙に現実的ですね」

 ただ。

「順番を僕が決めるのは、おつじゃないですね」

「おつ?」

「この順番で回れ、って決めたら旅じゃないでしょう」

 行きたいところへ行く。

 途中で寄り道する。

 泊まりたい町に泊まる。

「だから、いろんな人に旅日記書いてほしいんですよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「絵も欲しいですね」

「また仕事増やすんです?」

「旅の冊子に絵あったら楽しいでしょう」

 山。

 海。

 寺。

 湯屋。

 飯。

 町並み。

「そういうのをちょこちょこ描ける人、集めたいです」

 そこで八郎は姫君たちを見る。

「皆さんも出してくださいよ」

「何をです?」

「自分の故郷の面白いところ」

 大友。

 大内。

 島津。

 尼子。

 それぞれに育った土地がある。

「私たち、だいたい城におりましたけど」

「……それはそれで困りましたね」

「旦那様も人のこと言えませんよ」

「僕は今から見ます」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夏姫が笑う。

「でも今なら、だいぶ行きやすくなりましたね」

「そうなんですよ」

 九州。

 四国。

 中国地方。

 八郎の傘、あるいは親しい家が増えた。

「なら新婚旅行終わった後、皆さんの故郷巡りしましょうか」

「また旅行するんです?」

「楽しみに取っときましょう」

「借金返済は?」

「それは帳面役がやってくれます」

「怒られますよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方そのころ。

 三好方には、堺商人を通じて正式な知らせが届いていた。

 ――三好方捕虜、およそ千人を返還する。

「……千人?」

「はい」

「身代金は?」

「今回は求めんそうです」

「土地も?」

「要求なし」

 三好の家臣がしばらく黙る。

「完全に舐めとるやろ」

 堺商人が苦笑した。

「いやいや。千人返ってくるんやから、ええやないですか」

「そういう問題か!」

「家族おる兵も多いでしょう?」

 戦が終わっても帰らない。

 生きているかも分からない。

 家族の不満は当然たまる。

「しかも三好様の方では身代金出す余裕もなかったんでしょう?」

「……それはそうやけどな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「七歳児にええようにやられとるみたいで癪や」

「そこは大人の対応した方がええですよ」

「大人?」

「七歳相手に『舐められた』言うてむきになってる方が、格好悪いでしょう」

「格好悪いもあるか!」

 家臣が机を叩く。

「相手は十万単位で兵動かす七歳児やぞ!」

「それはそうですけど」

「何か所にも兵置いて、飯食わせて、船動かして、最後こっち負けとるんや!」

「それなら余計、子供扱いして怒らん方がええでしょう」

「……腹立つな、お前」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一人が低い声で言った。

「今のうちに討つ、いう手も――」

「やめた方がええです」

 堺商人が即答した。

「それはほんまにダサいです」

「ダサい?」

「捕虜千人ただで返してもろて、その本人が朝廷と幕府へ挨拶しに京へ行く途中を襲うんですか?」

「……」

「表向きは新婚旅行ですけどな」

「その言葉が余計腹立つんや!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 しかも八郎は。

 幕府にも。

 朝廷にも。

 銭なり品なりを納めるために上洛する。

「言うたら好意を示しに来るわけでしょう」

 それを。

 幕府の秩序に関わる三好や細川が邪魔する。

「それ、向こうから見てもあんまり綺麗やないですよ」

「……細川様にも迷惑掛かるか」

「そういうことです」

 しばらく沈黙が続いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なら」

 三好方の家臣がため息をつく。

「道中の安全ぐらいは担保するか」

「それが一番ええでしょうな」

「捕虜千人返してもろた礼も兼ねて」

「器の大きいところ見せられます」

「……なんか納得いかん」

 堺商人が笑う。

「落とし所としては十分やと思いますよ」

「十分?」

「向こうは捕虜千人返して、京まで安全に通してもらう」

「……」

「八郎殿の方がだいぶ得してますけどね」

「うるさい!」

・・・・・・・・・・・・・・・

 そのころ八郎は、そんな三好方の苦悩など知らず。

 高松を離れる船の上で。

「讃岐漫遊記の次は、四国全部のやつ欲しいですねえ」

 などと言っていた。

「旦那様、京へ行くんでしょう?」

「行きますよ」

「頭の中、もう次の旅行になってません?」

「旅行は何回してもええでしょう」

 戦に勝った七歳児は。

 相手の面目を潰すことよりも。

 次にどこの湯へ入り、どこの飯を冊子に載せるかの方を。

 今は楽しそうに考えていた。

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