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1537年。四月二週目 塩江の湯で、捕虜と旅の話をする

 四月二週目の週末。

 豊後から船で瀬戸内へ入った八郎一行は、まず高松城へ入った。

「今日はここで一泊ですね」

「はい。で、せっかくですから塩江の湯、見に行きましょう」

「結局また温泉ですか」

「視察ですよ、視察」

 誰も信じていなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・

 讃岐と阿波の境。

 戦が終わった直後から整備を始めた塩江の湯は、八郎が想像していたよりずっと形になっていた。

 まだ道後ほどの規模ではない。

 だが湯屋があり。

 休憩所があり。

 簡単な飯を出す店ができ。

 酒や干物を売る小さな店まで並び始めている。

「ええんちゃいます?」

 八郎は素直に感心した。

「休憩所いうより、ちょっとした町になり始めてますね」

「人が来れば店も増えますから」

「これですよ、これ」

 八郎が嬉しそうに頷く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 すると。

「あれが八郎様か」

「ほんまに子供やぞ」

「七歳いう話、ほんまやったんやな」

 作業をしていた男たちが集まってきた。

 三好方の捕虜たちだった。

 腕にはまだ、捕虜であることを示す布が巻かれている。

「八郎様」

 一人が頭を下げた。

「この度は、ほんまありがとうございます」

「何がです?」

「いやいや。首切られてもおかしくなかったんです」

「そんなもったいないことしませんよ」

「もったいない?」

「人足足らんかったですし」

「そこですか」

 周囲から笑いが起きた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お湯、どうです?」

「最高ですわ」

 捕虜の一人が即答した。

「一日働いて、飯食うて、ここ入ったらな」

「疲れ飛びます?」

「飛びます。これだけはほんまに」

「それなら作った甲斐ありますね」

「作ったん、わしらですけどな」

「ちゃんと四十文払ってるでしょう」

「そこはありがとうございます」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そうや」

 八郎が思い出す。

「今回、千人ぐらい畿内へ帰ってもらいます」

「ほんまですか?」

「はい」

 帰りたい者から順番に。

 堺を経由して帰す。

「でも、畿内まだ荒れてるでしょう?」

「まあ……落ち着いとるとは言いにくいですな」

「なら、また四国来たらええですよ」

「え?」

「しばらく難逃れて、八郎商会で働いて」

 時々ここで湯に入る。

「なんなら四国ぐるっと旅して、漫遊記でも書いてください」

「捕虜に何させる気です?」

「もう帰ったら捕虜ちゃいますやん」

「そらそうですけど」

「面白い文章やったら買いますよ」

「……それはちょっと面白そうですな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は周囲の山を眺めた。

「四国って、大昔は流刑地になったりしたこともあったんでしょう?」

「そういう話はありますな」

「だから知らん人からしたら、海の向こうのど田舎みたいな感じあるんちゃいます?」

「言い方!」

 夏姫が止める。

「でも実際、畿内の者からしたらそんな感じありますよ」

 三好兵が苦笑した。

「ほら」

 だが今は。

 魚がうまい。

 湯がある。

 港もある。

 市もある。

「こんだけ人おって、飯うまくて、のんびりできるんやったら、その印象消したいですよね」

「いや」

 三好兵が首を振った。

「穏やかなの、八郎様が四国まとめたからちゃいます?」

「え?」

「前はこんな気楽やなかったですよ」

「ああ……」

 八郎が少し考える。

「九州でも似たようなこと言われたような」

「だいたい皆そう思ってます」

 姫君が笑う。

「中国地方もそうですよ。旦那様のところへ入った場所から、揉め事が減ってます」

「そうですかね」

「借金を馬鹿みたいに返してますから」

「馬鹿みたいは余計でしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも」

 三好兵が少し真面目な顔になる。

「畿内は、こうはいきませんよ」

「やっぱり?」

「家同士もありますし、寺もありますし、昔からのしがらみも多い」

「謀略も?」

「ありますな」

 八郎は少し困った顔をした。

「その辺、僕あんまり慣れてないんですよね」

「でしょうな」

「即答せんでも」

 博多にいる法華宗の者たちからも、京の話は聞いている。

「京へ入る前に、もう一回ちゃんと聞いといた方がええですね」

 誰と誰が揉めているのか。

 どこへ入ってよくて。

 何を言えば角が立つのか。

「僕ら、穏やかにやりすぎてるんで」

「それは悪いことちゃいますよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一人の三好兵が笑った。

「無理して京に住まんでもええんちゃいます?」

「え?」

「博多もっと盛り上げたらええでしょう」

「それもありですね」

「京から嫌になった奴、勝手にそっち行きますよ」

「なるほど」

 八郎が頷く。

「来たら本書いてもらったらええですしね」

「結局そこですか」

 その時。

 後ろから姫君の声が飛んだ。

「旦那様」

「はい?」

「何で三好の捕虜と、そんな意気投合してるんです?」

 八郎が振り返る。

「いや、旅の話してただけですよ」

 三好兵も頷く。

「そうですそうです」

「あなた方まで旦那様側に立たないでください」

 また笑いが起きた。

 四月二週目。

 塩江の湯では。

 勝った七歳の領主と、負けた三好兵たちが同じ湯治場を眺めながら。

 次に戦う話ではなく、どうすれば四国へ旅人が来るかを話し込んでいた。

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