1533年2月。湯あみ2つ目に応募者殺到。魚の下処理を港で出来れば店が毎日できるかも。奥様方に弟子取るように言う。
湯あみ二つ目を隣村に作る。
その話は、八郎たちが思っていた以上に早く村へ広がった。
「聞いたか? 八郎様がまた湯あみ作るらしいぞ」
「今度は隣村やって」
「また仕事増えるんちゃうか?」
「俺も頼みに行こうかな」
冬場の村では、それだけで大きな話題だった。
田畑の仕事が少ない時期。
男衆は家で道具を直すぐらいしかなく、三男四男になればなおさら仕事は少ない。
女衆も同じだった。
家仕事はある。
だが、銭になる仕事はほとんどない。
そこに、一日二十文、四十文でも確実に銭が入る仕事が生まれた。
村人たちが騒がないわけがなかった。
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当然、不満も出る。
「八郎様、一日だけでも働かせてもらえんか?」
「俺も覚えたいんや」
「うちの娘も頼む」
寺子屋帰りにも声をかけられる。
「いやいやいや、待ってください」
八郎は手を振った。
「働いてほしくないんじゃないです」
「本当に?」
「はい」
「働きたい人が多すぎるんです」
村人たちは顔を見合わせる。
「冬は仕事ないですから」
「だから、順番に増やします」
「一気に全員は無理です」
「でも湯あみも増やします」
「料理の仕事も増やします」
「少しずつです」
それを聞いた者たちは、不思議そうな顔をする。
「普通、仕事って取り合うもんやのにな」
「八郎様は増やそうとしてるんやな」
「そうです」
八郎は頷いた。
「銭を奪い合っても増えません」
「仕事を増やしたいんです」
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そんな中でも、八郎の頭は次へ向かっていた。
家に戻ると、母の横で働いている奥様方に声をかける。
「少し相談があります」
「はい、なんでしょう」
二人はすっかりマグロの下処理にも慣れてきていた。
「今はここでマグロの味噌煮と、つみれ汁の準備をしてもらってますよね」
「はい」
「助かってます」
「いえいえ、こちらこそ仕事をいただいてますから」
「次なんですけど」
八郎は言う。
「港側で下処理できるようにしたいんです」
「港で?」
「はい」
「今は魚を持って帰って、ここでやっています」
「でも、港近くで処理できたら楽ですよね」
「ああ……確かに」
「そこで下処理できる人を育てたいんです」
二人は顔を見合わせた。
「つまり……」
「私たちが教えるんですか?」
「はい」
「弟子を取ってください」
「弟子!?」
二人とも驚く。
「私たちがですか?」
「できます」
「いやいや、私ら少し前まで普通の村女ですよ」
「でも今できますよね」
「……まあ」
「だったら教えられます」
八郎は当然のように言う。
「港で下処理」
「三郎兄様が味を整える」
「横で炒め飯屋もする」
「そうすれば市の日じゃなくても店が開けます」
「毎日ですか?」
「いつかは」
二人は息を飲んだ。
「そしたら……」
「仕事増えます?」
八郎は笑う。
「増えます」
「増えます増えます」
「港の人も、今まで捨てていた魚に値がつく」
「料理する人も仕事になる」
「店番も必要になる」
「弟子も必要になる」
「そうやって増やします」
二人はしばらく黙った。
そして頭を下げた。
「八郎様」
「はい?」
「ありがとうございます」
「え?」
「私たち、農作業では男衆ほど役に立てません」
「家の仕事はありますけど、銭を稼ぐって難しいんです」
「でも今、自分の手で稼げています」
「誰かに教える側になれるなんて思ってませんでした」
八郎は少し照れた。
「いや、皆さんが頑張ってるからですよ」
「違います」
「八郎様が場所を作ってくれたんです」
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その夜。
父が笑いながら言った。
「また働きたい者が増えるぞ」
「でしょうね」
八郎も苦笑する。
「湯あみ二つ目」
「料理人」
「魚の下処理」
「弟子」
「店番」
三郎が呆れる。
「お前、仕事増やしすぎや」
「必要だからです」
「でも全部はできませんよ」
「一つずつです」
母が笑った。
「あんたの一つずつは信用ならんわ」
みんな笑う。
ただ、誰も否定しなかった。
ひと月前まで、冬は耐える季節だった。
今は違う。
次は何の仕事が生まれるのか。
誰が銭を稼げるようになるのか。
村人たちは、それを楽しみに待つようになっていた。
「八郎様は村の救世主やな」
誰かがそう言った。
八郎は首を振る。
「そんな大げさです」
「僕はただ、美味しいご飯食べて、暖かく寝たいだけです」
父が笑う。
「そのために村ごと変える三歳児がおるか」
囲炉裏の周りに、また笑い声が広がった。




