1537年。三月四週目 堺商人、八郎圏を旅先として見る
三月四週目。
三好の捕虜二百人を返したのに続いて、山名方の捕虜についても、同じような形で
少しずつ帰すことになった。
「山名もですか?」
「はい。帰りたい人は帰ってもろたらええでしょう」
もちろん、全部を一度に返すわけではない。
因幡ですでに八郎方へ入った者は、そのまま地元へ戻って八郎商会で働く者もいる。
但馬へ帰る者については。
働いて貯めた銭を持たせ。
できれば捕虜生活の話を書いてもらい。
「面白いのは筆写して残しましょう」
「やっぱりそれやるんですね」
「せっかくですから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それを見ていた堺商人たちは、妙に面白がっていた。
「いやあ」
一人が笑う。
「こんな捕虜の返し方あるんやな」
「普通ちゃうんです?」
「普通なわけあるかい」
捕まえる。
働いてもらう。
飯を食わせる。
日当まで払う。
土地の話を書かせる。
最後には旅の冊子まで持たせて帰す。
「身代金取るでもなし、殺すでもなし」
「でも宣伝はしてもらいますよ」
「そこが八郎商会やな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
堺商人たちも、最近の畿内が少々殺伐としていることは分かっている。
争い。
しがらみ。
誰に銭を出すか。
誰と付き合うか。
「それ考えたら、四国も悪ないかもしれんな」
一人が、八郎商会から渡された冊子をめくる。
「讃岐と阿波の境に、塩江やったか」
「今、湯治場にしようとしてます」
「飯もうまそうやな」
海が近い。
魚は取れる。
塩もある。
堺ほど物価も高くない。
「そこで二、三日遊んで」
そこから船で西へ。
「道後行けるやろ?」
「行けます」
「そのまま九州渡って別府」
「はい」
「太宰府行って、博多」
「そうですね」
商人の指が地図を動く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「今や出雲大社も八郎圏やろ?」
「そうです」
「高千穂もある」
「あります」
「阿蘇も、霧島も」
「ありますね」
「芋焼酎もうまいんやろ?」
「薩摩行けば」
商人が笑った。
「旅人からしたら、たまらんな」
寺社。
温泉。
山。
海。
酒。
飯。
市。
「一つ一つは昔からあるんや」
「はい」
「でも、それをつないで見せようとしてるわけやな」
八郎商会の者が頷く。
「八郎様は、そういうのいっぱい本にしたいみたいです」
「なるほどなあ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかも博多は今、景気がいい。
戦勝祝いで銭が回っている。
商人も増えた。
本も増えた。
酒も飯も動く。
「わしら、堺から何か持っていったら面白そうやな」
「ぜひ」
「京の物でも売れるかもしれん」
「それも欲しいですね」
「情報も?」
「欲しいです」
ただし。
八郎が欲しがる畿内の情報は、どこの誰が誰と争っているかだけではなかった。
何が流行っているか。
どんな歌が好まれているか。
茶はどうか。
どんな本が読まれているか。
どんな芸人がいるか。
「そっちまで知りたいんか」
「八郎様、文化も大事や言うてますから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
堺商人の一人が感心したように唸った。
「七歳にしては、おつやな」
「茶に詳しいわけでもないですよ」
「そんなもんええねん」
茶道を極めている必要などない。
連歌が上手い必要もない。
名筆である必要もない。
「文化が大事やと思っとるだけで、子供としては百点や」
「百点ですか」
「百点や」
別の商人が笑う。
「しかも銭出すんやろ?」
「面白い人には」
「そこが一番でかい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
才能のある者。
才能があるような気がする者。
まだ売れていない者。
京都で食えなくなった者。
「そういう文化人もどきまで博多へ送ったらええんやな?」
「八郎様は多分、大喜びします」
「本にする?」
「面白かったら」
「飯食わせる?」
「仕事になれば」
「温泉まである?」
「増やしてます」
商人たちは笑った。
「そら人集まるわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三好の捕虜たちは、堺で一泊することになった。
八郎商会持ちで飯を食べ。
風呂へ入り。
翌日、三好方へ引き渡される。
「ほんまに帰れるんやな」
「帰れるみたいやな」
「なんか変な捕虜生活やったな」
「戦してた期間より、温泉作ってた記憶の方が濃いわ」
その話を横で聞いていた堺商人が吹き出す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほな、送ったりますわ」
「お願いします」
「山名の方も、話まとまったら持ってき」
「助かります」
船へ向かう元捕虜たちを見ながら、商人がぽつりと言った。
「しかしまあ」
「何です?」
「あの七歳児、変わっとるな」
戦に勝った。
普通なら城を数える。
石高を数える。
首を数える。
だが八郎は。
市場を作り。
借金を消し。
温泉を整え。
本を増やし。
捕虜に旅の感想を書かせて帰している。
「武士として強いかは知らん」
「はい」
「でも、あれは化けるで」
隣の商人も頷いた。
「もう十分化けとる気もするけどな」
「まだ七歳やぞ」
二人は顔を見合わせ。
少し楽しそうに笑った。
三月四週目。
堺の商人たちは。
八郎商会との取引だけでなく。
その向こうに広がる、妙に景気のいい土地そのものへ興味を持ち始めていた。




