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1537年。三月四週目 二百人、帰ります

 三月四週目。

 八郎は三好の捕虜の帳面を見ながら、少し考えていた。

「そろそろ二百人ぐらい、帰ってもらいましょうか」

「三好へですか?」

「まあ、最終的には畿内へですね」

 対象にしたのは、讃岐と阿波の境、塩江の湯治場づくりなどでよく働いてくれた者たちだった。

 道を直し。

 材木を運び。

 湯屋を組み。

 働いた後には自分たちも湯へ入り、飯を食い、酒まで飲んだ。

「ご家族も心配してるでしょうし」

「ようやく捕虜らしい話になりましたな」

「いや、最初から捕虜ですよ」

「扱いが全然捕虜らしくありませんが」

・・・・・・・・・・・・・

 三好方からは一度、返還について探りも入った。

 しかし。

 身代金を出すでもない。

 土地を渡すでもない。

 八郎方としても、いつまでも捕虜として飯を食わせ続けるわけにはいかない。

「なので、もう返しましょう」

「ただで?」

「ただで」

 そこまで聞いて、捕虜たちは喜んだ。

 だが八郎は続ける。

「ただ、一個だけお願いがあります」

「……何でしょう」

「ここで起きたこと、書いてください」

「は?」

 捕虜たちが固まった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「戦のことでもええですよ」

 降伏した話。

 飯を食った話。

 一日四十文で働いた話。

 町を作った話。

 塩江で湯に入った話。

「面白おかしくても構いません」

「それを書いたら帰れるんですか?」

「帰れます」

「何のために?」

「本にしたいんです」

「……本?」

 八郎商会では今、旅人や商人、兵、僧などから話を集めている。

 面白い文章なら筆写し、書庫へ置く。

「上手に書いてくれた人には、お小遣いも出します」

「帰してもらって、まだ銭までもらえるんですか?」

「文章代です」

 捕虜たちはますます意味が分からない顔になった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「今ね、九州もそうですけど」

 八郎は地図を広げる。

「四国にも、もっと人に来てほしいんですよ」

 本当なら。

「塩江だけやなく、道後温泉にも連れて行って遊んでもらおうと思ってたんです」

「捕虜を?」

「はい」

「遊ばせるために?」

「はい」

「……何を考えてるんです?」

 横で商会の者が笑った。

「これが八郎様の毒ですよ」

「毒?」

「気持ちよう帰ってもらうんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 殺されなかった。

 飯を食わせてもらった。

 働けば銭をもらった。

 温泉にも入った。

 最後には故郷へ帰してもらった。

「そんだけされたら、次に八郎家と戦いにくいでしょう?」

 捕虜たちが顔を見合わせた。

「また徴兵されたら?」

「八郎商会へ逃げてきてもええですよ」

「え?」

「仕事ぐらい渡します」

 八郎方はあっさり言った。

「畿内が物騒なら、一時避難でもええですし」

 働いて。

 銭を稼いで。

 落ち着いたら帰る。

「その辺は好きにしてください」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただ帰ったら」

 八郎方は笑う。

「土産話ぐらいしてください」

 四国は案外良かった。

 九州も平和らしい。

 博多は面白い。

 そんな話を一つでもしてくれれば十分。

「旅人が一人二人来るだけでもええんですよ」

「宣伝させる気やないですか」

「お願いしてるだけです」

「やっぱり毒や」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 数日後。

 二百人は船で堺へ向かった。

 三好の本拠へ直接送り届けるのは、八郎方としても少々ばつが悪い。

 そこで八郎商会と付き合いのある堺商人へ預けることにした。

「すんません。この人ら、畿内まで返したってください」

「またえらいこと頼みますな」

「費用はうちで持ちます」

「なら話は別です」

 さらに。

「何人か面白い文章書いた人がおるんですよ」

「ほう」

「一泊か二泊ぐらい、話聞いてもらえません?」

 宿代も。

 飯代も。

 面会に掛かる銭も。

 八郎商会が出す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「四国で何してたか聞いてください」

「捕虜の話を?」

「はい」

「変わった商会ですなあ」

「あと博多で作ってる旅の冊子も持ってきてます」

 堺商人がそれをめくる。

 飯。

 宿。

 寺社。

 土地の名物。

 湯。

「……こういうの、商売人には結構ありがたいですな」

「でしょう?」

 話を聞いていた別の商人まで口を挟んだ。

「塩江いうところにも湯治場作りはったんですか」

「今作ってます」

「それなら一回、四国見に行かなあかんなあ」

 八郎商会の者が笑う。

「ぜひぜひ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いっそ温泉だけ集めた冊子作ったらどうです?」

 堺商人が言った。

「温泉だけ?」

「どこの湯がええとか、道はどうとか、何食えるとか」

「それ、考えてます」

「やっぱりか」

 道後。

 塩江。

 別府。

 霧島。

 阿蘇周辺。

 さらに温泉だけでなく。

「博多、太宰府、高千穂、伊勢もありますし」

「伊勢は八郎領ちゃいますやろ」

「旅するのに領地かどうか関係ないでしょう」

 八郎商会の者は平然としている。

「有馬みたいに他所の土地でも、行った人が書けばええんです」

「なるほどなあ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「書くの上手い人おったら紹介してください」

「どんな人?」

「旅して、見て、面白く書ける人なら誰でも」

 商人でも。

 僧でも。

 武芸者でも。

「銭は?」

「面白ければ出します」

 堺商人は笑った。

「最近、博多が面白いいう話、ほんまみたいやな」

 その横では。

 帰還する三好兵たちが、久しぶりに故郷へ戻れると喜んでいた。

 手元には。

 働いて貯めた銭。

 八郎商会の旅冊子。

 そして。

 自分たちが捕虜だった数か月間の話。

 三月四週目。

 八郎は二百人の捕虜を返した。

 身代金は取らなかった。

 その代わり。

 二百人分の土産話を、畿内へ送り込んだ。

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