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1533年2月。市が終わり、三郎兄様の弟子候補に感想を聞く。継続意志ありそうなんで一緒に銭勘定に参加してもらう

市の騒ぎが少し落ち着いた頃。

 三郎は連れてこられた二人を見ながら、まだ少し困った顔をしていた。

「しかし八郎」

「はい?」

「急に弟子やら嫁候補やら言われてもな」

「いやいや、兄様」

 八郎は首を振る。

「嫁候補って決めてるわけじゃないですよ」

「さっき言うてたやんけ」

「違います」

「見てるんです」

「見る?」

「はい」

 八郎は二人を見る。

「料理を覚えるだけなら、正直誰でも練習すればできます」

「でも、一緒に店をやるってなると違います」

 三郎が首をかしげる。

「何が違うんや?」

「毎日顔合わせるんですよ」

「朝から晩まで」

「飯作って」

「客と話して」

「片付けして」

「売れへん日も一緒」

「忙しい日も一緒」

「……」

「だから気楽に話せる人がいいと思うんです」

 それを聞いて父が笑った。

「三歳児が夫婦論語っとるぞ」

「夫婦論ちゃいます」

「仕事の話です」

「いや同じようなもんやろ」

 皆が笑う。

 八郎は続けた。

「だから父様も、若い男の人と女の人、両方連れてきたんやと思います」

「……まあな」

 父は頷いた。

「三郎がやりやすいやつが一番やからな」

「そうです」

「合わなかったら無理することないです」

 その言葉に、連れてこられた二人が少し不安そうな顔をした。

 すると八郎が慌てて手を振る。

「あ、違いますよ」

「帰れとか、そういう話じゃないです」

「今、仕事したい人が本当に多いんです」

「……」

「冬場ですから」

「田畑の仕事が少ないでしょう」

「湯あみの仕事を決める時も大変だったんです」

 父が思い出して苦笑する。

「あれは揉めたな」

「三人雇う予定だったのに」

「六人になりましたもんね」

「ああ」

「みんな働きたいって来るからな」

 母も頷く。

「断る方がつらかったわ」

「だから順番にしたんです」

 八郎が言う。

「みんな少しずつ覚えてもらう」

「少しずつ銭を回す」

「そういう形です」

 すると若い男が慌てて頭を下げた。

「いやいや、そんなこと言わんといてください、八郎様」

「え?」

「俺、頑張りますから」

「……」

「この仕事、やりたいんです」

 隣の娘も頷いた。

「私もです」

「湯あみの仕事もすごい人気だったって聞いてます」

「八郎様のところなら、ちゃんと銭もらえて、ご飯も食べられるって」

「だから親に頼んで来させてもらいました」

 八郎は目を丸くする。

「そんなにですか?」

 三郎が笑った。

「お前、自分が何してるかわかってへんやろ」

「仕事作ってるだけですけど」

「それがすごいんや」

 父も頷く。

「冬場に銭仕事があるってだけでありがたいんや」

「そうですか」

「そうや」

「だから八郎様なんや」

「様はいらないです」

「無理やろな」

 みんな笑った。

 その日はそのまま店を回した。

 三郎は炒め飯を作りながら、横で二人に教える。

「米は潰すなよ」

「火を怖がったらあかん」

「でも焦がしてもあかん」

「難しいですね」

「俺も最近覚えた」

「え?」

「俺も弟子みたいなもんや」

 そんな会話をしながら、店はゆっくり回っていった。

 八郎たちの残り三軒の店のような祭りの勢いはない。

 でも客は来る。

 昼飯に食べる者。

 持って帰る者。

 酒の後に寄る者。

 普通の日常の店になりつつあった。

 夕方。

 片付けが終わる。

 三郎が戸締まりをする。

「鍵閉めて帰るっていうのも慣れてきたな」

「兄様」

「ん?」

「帰れる場所がある方がいいでしょう」

 三郎は少し笑った。

「まあな」

「一人はちょっと寂しいわ」

「だから無理しなくていいです」

「店は店」

「家は家です」

「……」

 三郎は八郎の頭を撫でた。

「ほんま変な弟や」

 帰り道。

 八郎は今日来た二人に聞いた。

「どうでした?」

「え?」

「一日働いてみて」

「大変でした?」

 二人は顔を見合わせる。

 そして笑った。

「楽しかったです」

「はい」

「三郎さんも気を使ってくれましたし」

「またやりたいです」

「よかったです」

 八郎は頷く。

「ただ、毎日やるかどうかは兄様と相談してください」

「はい」

「相性もありますから」

「もし違うなと思っても」

「湯あみの仕事も増やしますし」

「別の市の話もあります」

「無理して続けることはないです」

 三郎が呆れる。

「だからなんでお前が雇い主みたいに言うねん」

「違いました?」

「違わへんのが怖いわ」

 また笑いが起きる。

「兄様的にはどうでした?」

「俺?」

「はい」

 三郎は少し考えた。

「楽しかったな」

「よかったです」

「一人より全然ええ」

「じゃあ続けて考えましょう」

「ああ」

「では帰ったら銭勘定ですね」

 その瞬間。

 三郎の顔が少し固まった。

「……二人も参加するんか?」

「はい」

「なんでです?」

「いや」

 三郎が二人を見る。

「一回見たら、常識変わるぞ」

「え?」

「うちの銭勘定は普通ちゃう」

 八郎が首をかしげる。

「いつもやってるじゃないですか」

「それや」

「?」

「お前のいつもがおかしいねん」

 父も笑う。

「三歳児が九千文売って、利益二千文出して、次は湯あみ作る、水車作る、

 殿様に五万文返す言うてる家やぞ」

「普通やない」

「そうですかね」

「そうや」

 三郎はため息をついた。

「まあええ」

「二人にも見てもらおう」

「はい」

「ただな八郎」

「はい?」

「驚かれても知らんぞ」

 八郎は不思議そうに答えた。

「帳面見るだけですよ?」

 全員が声を揃えた。

「だからそれがおかしいんや」

 夕暮れの道。

 荷車を押しながら、皆の笑い声が村へ続いていった。

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