表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/160

1533年2月。市の日。三郎兄さんの弟子兼縁談相手を連れて行く。事情を話し、近いうちに炒め飯屋とつみれ汁屋の面倒をお願いする。

次の市の日。

 朝から荷車を引きながら、皆で市へ向かった。

 以前と違うのは、荷物の量だった。

「やっぱり三郎兄様のところに置けるのは楽ですね」

 八郎が言うと、父が頷く。

「それは間違いないな」

「前は鍋から器から全部運んでたからな」

「はい」

「兄様には感謝です」

 ただ、今回違うことがもう一つあった。

 人が増えていた。

 母の横には、マグロの下処理を覚える奥様方が二人。

 さらに父が連れてきた若い男女がいた。

「父様」

「なんや」

「三郎兄様の手伝い候補って言いましたよね」

「ああ」

「料理覚える気のある三男か四男、もしくは縁談も兼ねて若い女性って」

「ああ」

「……両方連れてきたんですね」

 父は笑った。

「選べんかった」

「まあ、いいですけど」

「人を見るところからですね」

 そんな話をしながら、三郎の店へ向かった。

「兄様」

「おお、来たか」

 三郎は嬉しそうだった。

 やはり一人で店を開けている時間は、少し寂しかったらしい。

「今日は人を連れてきました」

「人?」

 三郎が後ろを見る。

 若い男と女が頭を下げた。

「……え?」

「俺に弟子二人もつくんか?」

 驚く三郎に、八郎は首を振った。

「少し違います」

「違うんか」

「兄様が帰ってこない間に、ちょっと面倒なことになりまして」

「面倒?」

「はい」

 そこから八郎は説明した。

 殿様に呼ばれたこと。

 五万文を求められたこと。

 三つの市で商売を広げる必要が出たこと。

 人を育てる必要があること。

 三郎は黙って聞いていた。

 そして。

「……待て」

「はい?」

「殿様、三歳児に五万文払え言うたんか?」

「まあ、正確には家と村ですけど」

「いやいや」

 三郎は頭を抱える。

「三歳児相手に何してんねん」

「私もそう思います」

「そこだけ三歳児になるな」

 周りが笑う。

 八郎は続けた。

「でも決まったものは仕方ないです」

「なので稼ぎます」

「……」

「兄様にもお願いがあります」

「なんや」

「料理を増やしてください」

「料理?」

「はい」

「炒め飯だけじゃなくて」

「つみれ汁」

「天ぷら」

「できればマグロの味噌煮も」

「……」

 三郎は目を丸くする。

「俺、飯屋になるんか?」

「もうなってますよ」

「そうやった」

 周りが笑う。

「今は一つの市だけです」

「でも領内には大きい市が三つあります」

「……」

「そこ全部に店を出すには人が必要です」

「だから弟子です」

 八郎は二人を見る。

「まず兄様の横で覚えてもらいます」

「火加減」

「味」

「客との話し方」

「帳面」

「全部です」

 三郎は苦笑した。

「急に親方扱いやな」

「親方ですよ」

「……」

「兄様が覚えたことを広げるんですから」

 その言葉に三郎は少し照れた。

「でもな八郎」

「はい」

「俺をまた遠くに飛ばそうとしてへんか?」

「違います」

 即答だった。

「ほんまか?」

「はい」

「ここでやってもらってもいいんです」

「でも」

「兄様ができることが増えたら選べるんです」

「選べる?」

「はい」

「例えば、この隣をもう一軒借ります」

「……」

「片方で炒め飯」

「片方でつみれ汁」

「できますよね」

 三郎が考える。

「まあ、人がおればな」

「だから育てます」

 八郎は若い二人を見る。

「弟子の人が炒め飯を焼けるようになる」

「兄様がつみれ汁を見る」

「また一人雇える」

「……」

「そうやって店が増えます」

「仕事も増えます」

 若い男が目を輝かせる。

「俺でもできるんですか」

「できます」

「ただ」

「嘘つかない」

「ごまかさない」

「ちゃんと覚える」

「それだけお願いします」

 若い女も頭を下げた。

「頑張ります」

 それを見て三郎が八郎を見る。

「で」

「はい?」

「この娘はなんや」

「え?」

「弟子なんか?」

「はい」

「……だけか?」

「……」

 八郎が少し目を逸らす。

 三郎は察した。

「お前」

「まさか」

「俺の嫁候補まで考えてへんやろな」

「……」

「父様が」

「父様!?」

 父が慌てる。

「いや、八郎が若い娘でもええ言うたから」

「仕事としてですよ!」

「でも相性よかったら」

「ほら!」

 三郎が叫ぶ。

「なんで三歳の弟が俺の弟子と嫁考えてんねん!」

 周りは大爆笑だった。

「普通逆やろ!」

「兄が弟の世話するんや!」

「なんで弟が兄の人生設計してんねん!」

 八郎は真顔で言う。

「でも兄様、三男ですよ」

「……」

「普通なら家出て奉公とかですよ」

「……」

「でも今なら」

「店があります」

「弟子があります」

「収入があります」

「家族とも会えます」

「嫁さんも……」

「そこまで言うな!」

 三郎が顔を赤くする。

 周りの常連まで笑っていた。

「坊主!」

「兄ちゃんの嫁探しまでするんか!」

「忙しいな!」

 八郎は困った顔をした。

「私はただ、みんなが困らないように」

「それや」

 三郎が笑う。

「それが普通ちゃうねん」

 そして小さく呟いた。

「でもまあ」

「悪くないな」

 八郎を見る。

「分かった」

「料理、覚えるわ」

「兄様」

「ただし」

「はい」

「嫁は俺が決める」

 その一言で、また店中が笑いに包まれた。

 五万文という重荷から始まった話は、いつの間にか。

 新しい店。

 新しい仕事。

 そして新しい人生を作る話へ変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ