1533年2月。市の日。三郎兄さんの弟子兼縁談相手を連れて行く。事情を話し、近いうちに炒め飯屋とつみれ汁屋の面倒をお願いする。
次の市の日。
朝から荷車を引きながら、皆で市へ向かった。
以前と違うのは、荷物の量だった。
「やっぱり三郎兄様のところに置けるのは楽ですね」
八郎が言うと、父が頷く。
「それは間違いないな」
「前は鍋から器から全部運んでたからな」
「はい」
「兄様には感謝です」
ただ、今回違うことがもう一つあった。
人が増えていた。
母の横には、マグロの下処理を覚える奥様方が二人。
さらに父が連れてきた若い男女がいた。
「父様」
「なんや」
「三郎兄様の手伝い候補って言いましたよね」
「ああ」
「料理覚える気のある三男か四男、もしくは縁談も兼ねて若い女性って」
「ああ」
「……両方連れてきたんですね」
父は笑った。
「選べんかった」
「まあ、いいですけど」
「人を見るところからですね」
そんな話をしながら、三郎の店へ向かった。
「兄様」
「おお、来たか」
三郎は嬉しそうだった。
やはり一人で店を開けている時間は、少し寂しかったらしい。
「今日は人を連れてきました」
「人?」
三郎が後ろを見る。
若い男と女が頭を下げた。
「……え?」
「俺に弟子二人もつくんか?」
驚く三郎に、八郎は首を振った。
「少し違います」
「違うんか」
「兄様が帰ってこない間に、ちょっと面倒なことになりまして」
「面倒?」
「はい」
そこから八郎は説明した。
殿様に呼ばれたこと。
五万文を求められたこと。
三つの市で商売を広げる必要が出たこと。
人を育てる必要があること。
三郎は黙って聞いていた。
そして。
「……待て」
「はい?」
「殿様、三歳児に五万文払え言うたんか?」
「まあ、正確には家と村ですけど」
「いやいや」
三郎は頭を抱える。
「三歳児相手に何してんねん」
「私もそう思います」
「そこだけ三歳児になるな」
周りが笑う。
八郎は続けた。
「でも決まったものは仕方ないです」
「なので稼ぎます」
「……」
「兄様にもお願いがあります」
「なんや」
「料理を増やしてください」
「料理?」
「はい」
「炒め飯だけじゃなくて」
「つみれ汁」
「天ぷら」
「できればマグロの味噌煮も」
「……」
三郎は目を丸くする。
「俺、飯屋になるんか?」
「もうなってますよ」
「そうやった」
周りが笑う。
「今は一つの市だけです」
「でも領内には大きい市が三つあります」
「……」
「そこ全部に店を出すには人が必要です」
「だから弟子です」
八郎は二人を見る。
「まず兄様の横で覚えてもらいます」
「火加減」
「味」
「客との話し方」
「帳面」
「全部です」
三郎は苦笑した。
「急に親方扱いやな」
「親方ですよ」
「……」
「兄様が覚えたことを広げるんですから」
その言葉に三郎は少し照れた。
「でもな八郎」
「はい」
「俺をまた遠くに飛ばそうとしてへんか?」
「違います」
即答だった。
「ほんまか?」
「はい」
「ここでやってもらってもいいんです」
「でも」
「兄様ができることが増えたら選べるんです」
「選べる?」
「はい」
「例えば、この隣をもう一軒借ります」
「……」
「片方で炒め飯」
「片方でつみれ汁」
「できますよね」
三郎が考える。
「まあ、人がおればな」
「だから育てます」
八郎は若い二人を見る。
「弟子の人が炒め飯を焼けるようになる」
「兄様がつみれ汁を見る」
「また一人雇える」
「……」
「そうやって店が増えます」
「仕事も増えます」
若い男が目を輝かせる。
「俺でもできるんですか」
「できます」
「ただ」
「嘘つかない」
「ごまかさない」
「ちゃんと覚える」
「それだけお願いします」
若い女も頭を下げた。
「頑張ります」
それを見て三郎が八郎を見る。
「で」
「はい?」
「この娘はなんや」
「え?」
「弟子なんか?」
「はい」
「……だけか?」
「……」
八郎が少し目を逸らす。
三郎は察した。
「お前」
「まさか」
「俺の嫁候補まで考えてへんやろな」
「……」
「父様が」
「父様!?」
父が慌てる。
「いや、八郎が若い娘でもええ言うたから」
「仕事としてですよ!」
「でも相性よかったら」
「ほら!」
三郎が叫ぶ。
「なんで三歳の弟が俺の弟子と嫁考えてんねん!」
周りは大爆笑だった。
「普通逆やろ!」
「兄が弟の世話するんや!」
「なんで弟が兄の人生設計してんねん!」
八郎は真顔で言う。
「でも兄様、三男ですよ」
「……」
「普通なら家出て奉公とかですよ」
「……」
「でも今なら」
「店があります」
「弟子があります」
「収入があります」
「家族とも会えます」
「嫁さんも……」
「そこまで言うな!」
三郎が顔を赤くする。
周りの常連まで笑っていた。
「坊主!」
「兄ちゃんの嫁探しまでするんか!」
「忙しいな!」
八郎は困った顔をした。
「私はただ、みんなが困らないように」
「それや」
三郎が笑う。
「それが普通ちゃうねん」
そして小さく呟いた。
「でもまあ」
「悪くないな」
八郎を見る。
「分かった」
「料理、覚えるわ」
「兄様」
「ただし」
「はい」
「嫁は俺が決める」
その一言で、また店中が笑いに包まれた。
五万文という重荷から始まった話は、いつの間にか。
新しい店。
新しい仕事。
そして新しい人生を作る話へ変わっていた。




