1533年2月。八郎3歳2か月。水車を一郎兄様達と見に行き杵と水車の使い方を説明する。帰りにお寺による。
次の日の朝。
八郎は父、一郎、二郎と一緒に村外れへ歩いていた。
向かった先は川沿い。
そこでは水の流れを受けて、大きな木の輪がゆっくり回っていた。
「これです」
八郎が指を差す。
「このくるくるです」
一郎が苦笑する。
「くるくるて」
「名前分からないですもん」
「そこは三歳児なんやな」
父が笑う。
だが八郎の目は真剣だった。
「ここです」
「この回ってる力を使います」
「どういうことや?」
二郎が首を傾げる。
八郎は近くに落ちていた枝を拾った。
「例えばです」
地面に簡単な絵を書く。
「この回るところに出っ張りを作ります」
「はい」
「それが棒を押します」
「棒の先に杵をつけます」
「押されたら杵が上がります」
「……」
「出っ張りが外れたら?」
一郎が答える。
「落ちる?」
「そうです」
八郎が嬉しそうに頷く。
「勝手についてくれるんです」
「……」
二人の兄は水車を見る。
回る。
上がる。
落ちる。
また上がる。
その光景を頭の中で想像した。
「……おい」
「これ」
「ほんまにできたら」
「米つきめちゃ楽になるぞ」
「はい」
「だからやりたいんです」
八郎は頷いた。
「まず、ここで試します」
「できたら?」
「他の村にも作ります」
「……」
「十個の村で作ったら、職人さんにも仕事ができます」
「村の人は楽になります」
「空いた時間で漬物でも山菜取りでもできます」
「……」
一郎がため息をついた。
「またそれか」
「何がです?」
「一個のこと考えてへんやろ」
「考えてますよ」
「違う」
一郎は水車を指した。
「普通は、うちが楽になるな、で終わるんや」
「……」
「お前は十個作ったら職人が儲かるとか言い出す」
父も笑う。
「ほんまやな」
「でも大事ですよ」
八郎は当然という顔だった。
「職人さんが儲かったら、その銭で市で買い物します」
「市が儲かります」
「回ります」
「……」
「また銭を回す話か」
「はい」
父は呆れながら笑った。
「で、銭はどうするんや」
「二千文ぐらいでお願いできませんかね」
「二千文?」
「試しなので」
「失敗するかもしれませんし」
「でも職人さんも時間使いますから」
「……」
一郎がぼそっと言う。
「二千文を試しで出す家になったんやな」
「ほんまやな」
父も苦笑した。
「前なら考えられへん」
「いやいや」
八郎は首を振る。
「ちゃんと考えてます」
「今使う銭は三つです」
指を折る。
「一つ」
「殿様への前金二千文」
「……」
「五万文払いますという形を見せます」
「二つ目」
「新しい湯浴み」
「五千文」
「また作るんか」
「はい」
「冬場に仕事がない人がいますから」
「……」
「三つ目」
「この水車の杵」
「二千文」
「合計九千文ぐらいです」
父が頭を押さえる。
「九千文を普通に言うな」
「でもありますよね?」
「あるけどな」
「それがおかしいんや」
二郎が笑った。
「一ヶ月前まで、そんな話してへんかったぞ」
「状況が変わりましたから」
「変えたのお前や」
全員が笑う。
「この杵の話は」
八郎は兄二人を見る。
「一郎兄様、二郎兄様にお願いしていいですか」
「俺ら?」
「はい」
「田畑を見るのは兄様たちです」
「だから、農作業を楽にするものは兄様たちが中心になった方がいいです」
その言葉に二人は少し驚く。
「八郎」
「はい?」
「お前、自分で全部やる気ちゃうんやな」
「無理です」
「私は三歳です」
「また出た」
「便利な三歳児やな」
笑いながらも、一郎は頷いた。
「分かった」
「職人には俺らから話してみる」
「お願いします」
「銭は?」
「市で作ってきます」
「……」
沈黙。
そして爆笑。
「頼もしい三歳児やな!」
「普通逆やぞ!」
「兄が弟に銭用意してもらうんか!」
八郎も笑った。
「得意な人が得意なことしましょう」
そう言って水車を後にした。
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帰り道。
八郎はそのまま寺へ寄った。
「和尚様」
「なんや、今日は」
和尚はもう慣れた顔だった。
「また何か思いついた顔しとるぞ」
「水車見てきました」
「ああ、杵の話か」
「はい」
「一郎兄様と二郎兄様に任せます」
「ほう」
和尚は少し嬉しそうな顔をした。
「ええことや」
「全部背負う必要はない」
「はい」
「あと今週の動きです」
「聞こう」
和尚が筆を取る。
「まず殿様への書付」
「五万文を九月まで」
「前金二千文を渡す」
「うむ」
「次」
「市で人を育てます」
「料理を覚える人を探します」
「三つ目」
「湯浴み二つ目」
「四つ目」
「水車の杵」
和尚の筆が止まる。
「……」
「八郎」
「はい」
「一週間の予定か?」
「はい」
「一年ではなく?」
「はい」
和尚は笑った。
「早いな」
「早さが勝負です」
「……」
「どうしてや」
八郎は少し黙った。
「下手したら」
「今年中に領主が変わるかもしれませんから」
和尚の目が細くなる。
「ほう」
「出てきたな」
「何がです?」
「本音や」
和尚はニヤニヤする。
「さっきまで、みんなのため、仕事のためと言うてたのに」
「……」
「ちゃんと先を見とるやないか」
八郎は困った顔をする。
「いや、別に狙ってるわけじゃ」
「分かっとる」
和尚は笑う。
「でもな」
「はい」
「民が飯を食えるようにする者」
「仕事を作る者」
「暮らしを楽にする者」
「……」
「そういう者についていきたいと思うのが人や」
八郎は黙った。
「五万文を求めたことで」
「殿はお前を潰すどころか」
「お前を大きくする理由を与えたかもしれんな」
和尚は楽しそうに茶を飲む。
「さて」
「今年は面白くなりそうや」
八郎はため息をついた。
「私はただ、楽に米つきしたいだけなんですけど」
「だから」
和尚は笑った。
「それを十個の村でやろうとするから、お前はおかしいんや」
寺には和尚の笑い声だけが響いていた。




