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1533年2月庄屋衆で方針を決める。①殿様への5万文②人を増やし育てる。③三郎兄様の弟子作り④隣の市へ広げる準備をする

商家衆のざわめきが少し落ち着いたところで、八郎は手を叩いた。

「とりあえず、ここで少し方針を決めましょう」

 その一言に、周りの大人たちは思わず苦笑した。

「……八郎」

「はい?」

「なんで三歳児が会合まとめとるんや」

「今それ言います?」

 八郎が困った顔をすると、場に少し笑いが戻る。

「まあええ。言うてみい」

「はい」

 八郎は指を一本立てた。

「まず一つ目」

「殿様への五万文です」

 その言葉で空気が少し重くなる。

「これは払います」

「……」

「払わないで揉めても仕方ないです」

「ただし、和尚様」

「なんや」

「書付を作ってください」

「書付?」

「はい」

「九月までに五万文を納める」

「ただし、できるだけ早く納める努力をする」

「そして、納めたらこの件は終わり」

「そこを書いてもらいます」

 和尚は頷いた。

「なるほどな」

「口約束ではあかんということか」

「はい」

「また五万文って言われたら困ります」

 庄屋衆が苦笑する。

「そこは三歳児とは思えんな」

「いや」

 八郎は少しむくれる。

「三歳児に五万文払わせようとしてる方がおかしいと思いますけど」

 その瞬間、全員が吹き出した。

「そこだけ三歳児出すな!」

「普段やってること見直せ!」

「湯浴み作って、市動かして、商家まとめてる三歳児がおるか!」

「でも三歳です」

「都合ええなあ!」

 笑いが落ち着くと、八郎は二本目の指を立てた。

「二つ目です」

「人を集めます」

「人?」

「はい」

「商家衆の皆様のところで、三男、四男」

「あるいは娘さん」

「奥様」

「田畑を継ぐ予定がない人」

「料理を覚えたい人」

「そういう人がどれだけいるか知りたいです」

 商家衆が顔を見合わせる。

「料理人を増やすんか」

「はい」

「今、一番足りないのは人です」

「……」

「お母様だけでは三つの市は無理です」

 皆が頷く。

「特に覚えてほしいのは二つです」

「魚のつみれ汁」

「マグロの味噌煮」

「あれか」

「はい」

「材料が安く手に入る」

「今まで値段がつかなかったものを使える」

「そして他の店と争わない」

「……」

「ここが大事です」

 八郎は続ける。

「普通の飯屋を増やしたら嫌われます」

「でも捨てていた魚を使うなら、新しい銭になります」

 商家衆の一人が唸った。

「ほんまそこなんやな」

「はい」

「銭を奪うんじゃなくて、作ります」

 和尚がその言葉を書き留める。

「次に三郎兄様の炒め飯屋です」

「おお」

「あそこも変えます」

「どうするんや」

「弟子を二人つけます」

「二人?」

「はい」

「一人だと、その人が病気になったら終わりです」

「二人なら教え合えます」

「日替わりでもいいです」

「皿洗いでも、火加減を見るだけでもいいです」

「味を覚えることが大事です」

 父親が感心したように見る。

「そこまで考えてたんか」

「はい」

「三郎兄様がずっと一人でやる必要はないです」

「弟子を育てて」

「残り二つの市に炒め飯屋を出します」

「……」

「そうしたら三郎兄様は親方です」

「親方か」

 誰かが笑う。

「三男坊が親方になるんか」

「いいじゃないですか」

「田畑を継げなくても、生きる道があるんです」

 その言葉に、少し空気が変わった。

 この時代、家を継げない子供の未来は明るくない。

 奉公。

 兵。

 寺。

 選択肢は少ない。

 だが八郎は、そこに別の道を作ろうとしていた。

「あと四郎兄様と五郎兄様です」

「まだあるんか」

「あります」

「二人には、今まで通り混ぜ飯を売ってもらいます」

「ただ」

「次は二つ目の市です」

「……」

「売るだけじゃありません」

「情報を集めます」

「どんな店があるか」

「何が足りないか」

「誰が困っているか」

「それを見てもらいます」

 和尚が笑う。

「商人やな」

「違います」

「違わん」

「……」

「で?」

「先に顔を作ります」

「顔?」

「はい」

「いきなり店を出したら嫌がられます」

「でも、先に混ぜ飯を売って」

「話をして」

「五万文のことも話して」

「村みんなで頑張ってますと言います」

「……」

「そうしたら、次に店を出す時、受け入れてもらいやすいです」

 庄屋衆が黙る。

「八郎」

「はい」

「そこまで見るんか」

「必要です」

「味だけじゃ勝てません」

「人です」

「人?」

「はい」

「もし味が少し失敗しても」

「この村は殿様への五万文を返すために頑張ってる」

「仕事を作るためにやってる」

「そう思ってもらえたら」

「一杯ぐらい食べてくれるかもしれません」

「……」

「その一杯から始まります」

 和尚が深く息を吐いた。

「恐ろしいな」

「何がです?」

「五万文を取られたことまで商売の種にしとる」

「……」

「いや、だって」

 八郎は首を傾げる。

「払わなあかんのなら、利用しないともったいないじゃないですか」

 全員が固まった。

 そして。

「わはははは!」

 一斉に笑いが起きた。

「殿様、相手間違えたな!」

「普通は泣くところやぞ!」

「この坊主、五万文請求されて店増やす理由にしよった!」

 八郎は不思議そうな顔をする。

「でも、早く返せますよ?」

「そういう問題ちゃう!」

 和尚が笑いながら言った。

「ほんま、お前は時々三歳児になるな」

「時々?」

「そうや」

「普段は三歳児ちゃう」

「ひどいですね」

「いや、褒めとる」

 和尚は書付を見ながら呟いた。

「飯を作り」

「仕事を作り」

「人を育て」

「市をつなぐ」

「……」

「五万文どころの話ではなくなってきたな」

 八郎は首を振る。

「まず五万文です」

「一つずつです」

 商家衆は顔を見合わせる。

 もう誰もその「一つずつ」という言葉を信じていなかった。

 なぜなら、この三歳児の一歩は――。

 普通の大人の十歩より大きいのだから。

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