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1533年2月。庄屋衆との会合にて。八郎がやることを伝える。領主との証文のやり取りと頭金を納める。領内3つの市を稼働させる。その姿を他の庄屋衆に見せる

五万文。

 口で言うのは簡単だが、小さな村なら何年も苦しむ額だ。

 だが、その中心に座る八郎だけは、腕を組みながら考えていた。

「とりあえず、次の一週間で銭を作ります」

 その一言に全員が顔を上げた。

「……八郎?」

「はい」

「今なんて言った?」

「銭を作ります」

「いや、そんな簡単に言うもんちゃうぞ」

 商家の一人が苦笑する。

 しかし八郎は真面目な顔だった。

「もうやることは決まってます」

「ほう」

「まず和尚様」

「なんや」

「紙に書いていただけませんか」

「紙?」

「はい」

「殿様と取り交わしをした方がいいと思います」

 和尚が眉を寄せる。

「取り交わし?」

「五万文を九月までに支払う、という約束です」

「……」

「ただし、できるだけ早く払う努力をする」

「まず次の市で出た利益二千文を渡します」

「……」

「残り四万八千文」

 周りがざわつく。

「八郎」

「はい」

「払う気なんか」

「はい」

「悔しくないんか」

 八郎は少し考えた。

「悔しいですよ」

「……」

「でも、そこで揉めても五万文は消えません」

 その言葉に皆黙った。

「だったら払います」

「ただし」

 八郎の目が変わる。

「その五万文を作る仕組みを作ります」

「仕組み?」

「はい」

「市で話します」

 和尚が嫌な予感を覚える。

「何をや」

「殿様から五万文を求められましたって」

「……」

「おい」

「悪口は言いませんよ」

「本当に?」

「はい」

「領地を守るために必要だと言われました」

「だから皆で頑張って稼ぎます」

「そう言います」

 庄屋衆が顔を見合わせる。

「それ……」

「同情引く気やろ」

「少しだけ」

「少しか?」

「少しです」

 八郎が平然と言うので、何人か笑った。

「三歳児が考えることちゃうぞ」

「でも大事です」

 八郎は続ける。

「今まで皆さん、諦めてたじゃないですか」

「……」

「でも今は違います」

「湯浴みができた」

「仕事ができた」

「銭が動いた」

「飯が売れた」

「だったら次です」

「次?」

「三つの市です」

 空気が変わった。

「殿様の領内には大きな市が三つある」

「そこで同じことをします」

「マグロの味噌煮」

「下魚のつみれ汁」

「炒め飯」

「天ぷら」

「……」

「それを広げます」

 商家の一人が口を開く。

「でも八郎、お前の母ちゃん一人じゃ無理やぞ」

「はい」

「だから人を育てます」

「育てる?」

「港の人にもお願いします」

「今まで捨てていた魚を下処理してくださいと」

「魚を洗う」

「骨を取る」

「すり身にする」

「それだけでも仕事です」

「……」

「家では、お母様の横についてもらって、味を覚えてもらいます」

「マグロの味噌」

「つみれの味付け」

「それをできる人を増やします」

 和尚は黙って聞いていた。

 八郎の考えは、単に五万文を稼ぐ話ではなかった。

 仕組みそのものを増やす話だった。

「三つの市で売れれば」

「五万文は早く返せます」

「……」

「でも大事なのはその後です」

「その後?」

「はい」

「五万文を返した後、周りの庄屋衆がどう見るかです」

 全員が息を飲む。

「……」

「殿様から五万文と言われた」

「でも皆で稼いで返した」

「その姿を見せます」

「そうすれば」

「今、困っている別の村も思うはずです」

「自分たちもできるんじゃないかって」

 和尚が小さく笑った。

「お前……そこまで考えとったか」

「はい」

「おそらくですけど」

「一万五千石全体なら、百六十万文ぐらい問題があるかもしれません」

「……」

「でも一気に返す必要はないです」

「銭が回る仕組みを作る」

「仕事を増やす」

「借金を減らす」

「それを順番にします」

 八郎は指を折る。

「湯浴みを増やします」

「そこで働く人を作ります」

「水車に杵をつけます」

「米つきを楽にします」

「空いた時間で漬物を作ります」

「山菜を取ります」

「魚を加工します」

「それを市で売ります」

「……」

「少しずつです」

 その場の全員が黙っていた。

 しばらくして、一人がつぶやいた。

「少しずつ?」

「はい」

「八郎」

「はい?」

「お前の少しずつはおかしい」

 笑いが起こる。

「一月前、借金どうしよう言うてたんやぞ」

「はい」

「今、領内三つの市を動かそうとしてるやんけ」

「……」

「ほんまや」

 八郎自身が少し驚いた顔をする。

 その顔を見て、さらに笑いが広がった。

「自分で気づいてなかったんかい」

「いや……目の前のことをしてただけなので」

 和尚が笑う。

「それが一番怖いんや」

「八郎」

「はい」

「普通、人は五万文取られたら恨む」

「……」

「お前は五万文取られたから、五万文稼げる仕組みを三つ作ろうとしてる」

「……」

「相手する側からしたら、たまったもんちゃうぞ」

 八郎は困った顔をする。

「でも払わないと怒られますし」

 その一言でまた笑いが起きた。

「ほんま三歳児か大商人かわからんな」

「三歳です」

「都合いい時だけ三歳になるな」

 こうして五万文という重荷は、いつの間にか新しい商いを広げる理由へと変わっていった。

 そして商家衆は薄々感じ始めていた。

 殿様が五万文を求めたことで――。

 逆に八郎の力が、領内全体へ広がるきっかけを作ってしまったのだと。

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