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1532年11月1回目の市の次の日。和尚様に50文寄進する。初めての商い。信用をくれたお礼。敵を増やしたくない

市が終わった翌日。

 俺はいつものように兄たちと寺へ向かった。

 ただ、今日はいつもと少し違う。

 懐には、小さな包みがあった。

 昨日、市で得た銭。

 その一部。

 五十文だった。

「和尚様」

 寺に着くと、俺は頭を下げた。

「おお、八郎。今日も来たか」

 和尚様は笑う。

 最初は、兄たちのおまけで来ていた寺。

 それが今では、毎日のように通う場所になっている。

 文字。

 数字。

 帳面。

 いろんなことを教えてもらった。

「昨日、市へ行きました」

「ほう」

 和尚様が興味深そうに見る。

「例の握り飯か」

「はい」

 俺は包みを前に置いた。

「これは和尚様へ」

「ん?」

「寄進です」

 和尚様の顔が止まった。

「寄進?」

「はい」

 包みを開く。

 銭が見えた。

「五十文あります」

 周りにいた兄たちも、寺の子供たちもこちらを見る。

 和尚様は驚いた顔をした。

「八郎」

「はい」

「本当に売れたのか」

 俺が答える前に、四郎兄様が興奮したように話し始めた。

「和尚様、本当にすごかったんです!」

「ほう?」

「漬物を混ぜた握り飯を売ったんです」

「いくつじゃ」

「五十包みです」

「五十?」

「はい。それが全部売れました」

 和尚様の眉が上がる。

「全部か」

「はい」

 四郎兄様は止まらない。

「しかも八郎は客と話して値引きまでしたんです」

「値引き?」

「二つ買うなら安くするって」

「……」

「二割までなら大丈夫とか言ってました」

 和尚様が俺を見る。

「八郎」

「はい」

「お前、そんなことまでしたのか」

「はい」

「いくら稼いだ」

「売上は四百七十文です」

 寺の中が静かになった。

「四百七十……」

 誰かが呟く。

「大人より稼いどるぞ」

「握り飯で?」

「二つの子が?」

 ざわざわと声が広がる。

 和尚様はしばらく俺を見ていた。

 そして笑った。

「やはり、お前は面白い」

・・・・・・・・・・・・・・・・

 その日の学びが終わった後。

 和尚様は俺を呼んだ。

「八郎」

「はい」

「この五十文、本当に置いていくのか」

「はい」

 和尚様は銭を見る。

「これはお前が稼いだものじゃろう」

「違います」

「違う?」

「みんなで稼いだものです」

 俺は答えた。

 母が作った。

 兄たちが手伝った。

 父が場所を取った。

 俺一人では何もできない。

「ですが、それでも家の銭じゃ」

「はい」

「なぜ寺へ渡す」

 和尚様の目は真剣だった。

 子供への質問ではない。

 俺という人間を見ていた。

 だから、ちゃんと答えることにした。

「稼ぎすぎると、敵ができます」

 和尚様の目が少し動いた。

「敵?」

「はい」

「なぜそう思う」

「周りが苦しい時に、自分たちだけ良い暮らしをすると、妬まれます」

 前世でもそうだった。

 人は正しさだけでは動かない。

 感情で動く。

 羨ましい。

 ずるい。

 そう思われた瞬間、味方は減る。

「だから、少し返します」

「返す?」

「村にです」

 俺は続けた。

「和尚様は困った人に飯を出すことがありますよね」

「ある」

「その足しにしてください」

「……」

「そうすれば、うちの商いで腹いっぱいになる人が増えます」

 和尚様は黙っていた。

・・・・・・・・・・・・・・

「それだけか?」

 しばらくして和尚様が聞いた。

「まだあります」

「言ってみなさい」

「信用です」

「信用?」

「はい」

「私は二歳です」

 和尚様が少し笑った。

「そうじゃな」

「二歳の子供が何を言っても、普通は聞いてくれません」

「……」

「でも和尚様が教えてくれて、信じてくれました」

 だから父も話を聞いた。

 兄たちも動いた。

 商いができた。

「最初の信用をくれたのは和尚様です」

 そう言うと、和尚様は少し困ったような顔をした。

「二歳の子供にそんなことを言われるとはな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 俺は続けた。

「あと、帳面を見ました」

「父親のか?」

「はい」

「何が分かった」

「多分、このままだと足りません」

「何がじゃ」

「納める分です」

 和尚様の表情が変わる。

「どれほど」

「米で五石ほど」

 俺は指を折る。

「銭なら五千文くらい必要になるかもしれません」

 もちろん正確ではない。

 でも帳面を見る限り、それくらい余裕がなかった。

「だから、年貢以外で稼ぐ方法が必要です」

 米だけに頼れば、天気に左右される。

 不作なら終わる。

 だから別の収入がいる。

「今回の商いなら、続ければ埋められるかもしれません」

「半月に一度の市か」

「はい」

「でも、それだけではありません」

「まだ何かあるのか」

「あります」

 俺は頷いた。

「試したいものがあります」

 川魚。

 売れない魚。

 それを使った汁。

 捨てられるものを価値に変える。

「今回売れたので、家族も少し信用してくれました」

「だから次に進むか」

「はい」

・・・・・・・・・・・・・・

 和尚様は五十文を見た。

 そして俺を見る。

「八郎」

「はい」

「お前は銭を稼ぎたいのか」

 少し考えた。

 違う。

 銭だけではない。

「飯を食えるようにしたいです」

「誰をじゃ」

「できるだけ多くです」

 和尚様は目を閉じた。

 しばらくして。

 五十文を受け取った。

「分かった」

「ありがとうございます」

「これは大切に使わせてもらう」

 俺は頭を下げた。

 少し恥ずかしかった。

 二歳半の子供が偉そうなことを言いすぎた気もする。

 でも。

 これが俺の本心だった。

 まず飯。

 次に仕事。

 そして信用。

 八郎の小さな商いは、少しずつ周りを巻き込み始めていた。

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