1532年11月1回目の市が終わった後、手に入れた470文を原価、人件費、寄進、次回のタネ銭に分けると話す八郎。
四百七十文。
市から帰った父が、板の上に銭を並べた。
兄たちはそれを見て、ぽかんとしていた。
「握り飯で、こんなに銭になるんか」
「半日でこれか」
誰も信じられない顔をしている。
父も母も、すぐには口を開かなかった。
ただの漬物混ぜ飯。
それを五十包み売っただけ。
けれど、確かに銭はここにある。
「父上」
「なんじゃ」
「この銭は分けましょう」
俺がそう言うと、父は目を細めた。
「分ける?」
「はい」
まず米、漬物、野菜、味噌、塩、薪、笹包み。
「これは元手です。目分量ですが、百七十文ほど見ておいた方がいいです」
「家の米でもか」
「はい。家の米でも、ただではありません。誰かが育て、炊いて、握ったものです。
戻さないと次ができません」
次に手間賃。
「父上は場所の確保と交渉で三十文。母上は料理で三十文。四郎兄様は荷運びと売り子で二十文。
他の兄上たちは笹集めと下ごしらえで二十文」
「合わせて百文です」
父が苦笑する。
「わしにも払うのか」
「はい」
「わしはお前の手伝いをしただけじゃ」
「違います。仕事です。ただでやると続きません」
父は黙った。
母も兄たちも、黙って聞いている。
残りは二百文。
「五十文は寺へ寄付しましょう。和尚様に教えてもらったお礼と、
炊き出しの足しにしてもらうためです」
「残り百五十文は、次の商いのタネ銭にします」
父は腕を組んだ。
「次は何をする」
「混ぜ飯は続けます。半月に一度、市がありますから」
俺は続けた。
「ただ、同じものだけでは飽きられます。少し大きくして、漬物や味噌を増やします。
十二文か十三文でも売れるかもしれません」
「十文でも高いと言われたぞ」
「だから、もう一つ足します」
「何をじゃ」
「汁です」
俺は川魚の話をした。
川には小魚がいる。
海からも、値のつかない魚が来る。
大きくもなく、見栄えも悪く、骨が多い。
そのまま焼いても食べにくい。
売り物にはなりにくい。
「そんなもの、誰が買う」
兄の一人が言った。
「そのままでは売りません」
俺は頷いた。
「だから、形を変えます」
「形?」
「はい。大きな骨、頭、苦いところは取り除きます」
母が顔を上げる。
「苦いところ?」
「腹の中です。そこを残すと汁がまずくなります」
前世で魚をさばいた経験があるわけではない。
だが、知識としては分かる。
内臓を雑に扱えば臭みや苦味が出る。
骨も大きいものは危ない。
子供や年寄りが食べれば喉に刺さるかもしれない。
「小さい身だけをこそげて、細かく叩きます」
「叩く?」
「はい。包丁で細かくして、すり鉢ですります」
「そんなことをして、どうする」
「団子にします」
母が少し考えた。
「魚の団子かい」
「はい。塩を少し入れて、味を整えます。つなぎに少し飯か麦粉があれば、
まとまりやすくなると思います」
「それを汁に入れるのか」
「はい。味噌汁に入れます」
温かい汁。
味噌の香り。
魚のうまみ。
塩気のある混ぜ飯。
歩いて市に来た人間には、きっと売れる。
「混ぜ飯だけなら十文です」
俺は銭を指した。
「でも、魚の団子が入った味噌汁をつければ、二十文でいけるかもしれません」
父が目を細めた。
「二十文か」
「はい」
「高いな」
「高いです」
俺は正直に言った。
「だから、腹にたまるようにします」
ただの汁では駄目だ。
具があること。
温かいこと。
飯と一緒に食べれば、昼飯になること。
そこに値段をつける。
「それに、売れない魚を安く買えれば、元手は抑えられます」
母が頷いた。
「確かに、小魚なら安く手に入りそうだね」
「はい」
「でも手間がかかる」
「だから、その手間にも銭を払います」
父がまた黙った。
俺は続ける。
「値下げは、相手の様子を見ます」
「どう見る」
「一人で一つ買う人には、あまり下げません」
父は頷く。
「でも、家族でまとめて買う人、荷運びの仲間でいくつも買う人なら、二割までなら交渉します」
「二割」
「二十文なら十六文までです」
「それより下は?」
「売れても苦しくなります」
俺はきっぱり言った。
「安く売りすぎると、次ができません」
部屋の中が静かになった。
父も母も兄たちも、俺を見ている。
「八郎」
「はい」
「お前、本当に二つ半か」
父が言った。
最近、何度も言われる言葉だった。
けれど今度は、笑いながらではなかった。
母も兄たちも、少し怖いものを見るような、でも頼もしいものを見るような顔をしていた。
「売れないものに、値をつける」
父が呟いた。
「お前は、そんなことを考えておるのか」
「はい」
俺は頷いた。
「米だけでは足りません。魚も野菜も、形を変えれば銭になります」
そして銭ができれば、飯が増える。
飯が増えれば、人が働ける。
人が働けば、村が豊かになる。
俺がやりたいのは、それだった。
握り飯だけでは終わらない。
次は汁。
その次は保存食。
その次はもっと大きな商い。
庄屋の八男、八郎の小さな商いは、売れない魚に値をつけるところへ進もうとしていた。




