1532年11月。八郎2歳11か月。一度目の半月に一度の市。八郎初めて市に立つ。売り上げ470文。
十一月。
半月に一度の市の日が近づいていた。
俺が父に話した漬物混ぜ飯。
それを、本当に売ってみることになった。
「場所代は最初、わしが払ってやる」
父はそう言った。
「ありがとうございます」
「まあ、売れんかったら売れんかったでよい。残ったらわしらで食えばええ」
父は笑っていた。
正直、まだ俺の話を半分面白がっているだけだと思う。
二歳半の子供が商いを考える。
普通なら信じられるはずがない。
それでも、一度やってみようと思ってくれた。
それだけで十分だった。
市へ行くのは、父、母、四郎兄様、そして俺。
残りの兄たちは家で下ごしらえを手伝う。
笹を集める者。
漬物を刻む者。
薪を用意する者。
米を炊く準備をする者。
家の中が、いつもより少し騒がしかった。
「とりあえず五十包みでええやろう」
父が言う。
「はい」
五十包み。
一包みに握り飯二つ。
売価は十文。
全部売れれば五百文。
もちろん値引きもある。
だから実際は少し下がる。
それでも、最初の商いとしては十分だった。
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母を中心に握り飯を作る。
炊いた米に、細かく刻んだ漬物を混ぜる。
塩気を少し強めにする。
「八郎、本当にこれでええの?」
母が聞く。
「はい。もう少し塩気がある方がいいです」
「濃すぎないかい?」
「歩いて来た人に売りますから」
俺は答えた。
「汗をかいた人には、少し塩気がある方がおいしく感じます」
母は目を丸くした。
「そんなことまで考えてるの?」
「はい」
本当は漬物をもっと入れたい。
具が多い方が満足感がある。
でも十文で売る以上、入れすぎれば元手が増える。
最初から無理をする必要はない。
「本当は、もっと漬物を使った方がいいです」
「そうなの?」
「はい。でも今回は十文で売るので、これくらいがいいと思います」
母は少し考え、やがて笑った。
「分かった。八郎の言うことを、一回聞いてみようかね」
笹で包み、紐で結ぶ。
持ち運びやすいように。
手が汚れないように。
歩きながらでも食べられるように。
令和の感覚で言えば、ただの携帯食だ。
だが、この時代なら、それだけで価値がある。
昼前。
俺たちは市へ向かった。
人が多い。
農民。
商人。
旅人。
荷を運ぶ男たち。
物を買いに来た女たち。
思ったより活気があった。
父が場所を借り、笹包みを並べる。
最初は誰も来ない。
当然だ。
見慣れない飯。
見慣れない売り方。
しかも売っているのは、庄屋の家族と小さな子供。
だが、しばらくすると一人の男が近づいてきた。
「なんじゃ、これは」
父が答える。
「漬物を混ぜた握り飯です」
「いくらじゃ」
「二つで十文です」
男は顔をしかめた。
「十文? 高いな」
来た。
想定通りだった。
俺は父の横から口を出した。
「でも、塩気が効いてます」
男が俺を見る。
「ん?」
「漬物を混ぜてあります。笹で包んであるので、持ち運びにも便利です」
男は少し笑った。
「坊主が売るのか」
「はい」
「しかし十文は高い」
男はまだ渋る。
ここで引きすぎてもいけない。
だが買ってもらわなければ始まらない。
「では」
俺は言った。
「二つ買ってくれたら、十六文でどうですか」
父が固まった。
母も四郎兄様も俺を見る。
男は目を丸くした。
「お前、分かって言うとるのか。だいぶ値下げしとるぞ」
「分かっています」
俺は頷いた。
「四文値下げです」
「ほう」
「一つあたり二文値下げ。だいたい二割引きです」
男の顔つきが変わった。
「坊主、お前、計算できるのか」
「はい」
「二割など、どこで覚えた」
「和尚様に教えてもらいました」
困った時は和尚様である。
男は笑った。
「それでも、お前の家はええのか」
「はい」
「なぜじゃ」
「在庫が残るよりいいです」
「在庫?」
しまった。
また変な言葉を使った。
男が声を上げて笑う。
「在庫とは、坊主、どこでそんな言葉を覚えた」
「和尚様です」
「何でも和尚様じゃな」
「はい」
「坊主、いくつじゃ」
「二つです」
「二つ!?」
男は腹を抱えて笑った。
「二つの子が値引きに在庫か」
そして銭を出した。
「よし、買ったる。飯より坊主が面白い」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、父たちはぽかんとしていた。
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そこから少しずつ人が来た。
「あの子供が売ってる飯か」
「漬物入りらしい」
「笹包みなら持って行けるな」
最初は物珍しさだった。
だが食べた者が頷く。
「塩気がええな」
「歩いた後にはちょうどよい」
「飯だけより食った気がする」
昼過ぎまでに半分が売れた。
母が小さく呟く。
「本当に売れるんやねえ」
四郎兄様も籠を見て笑った。
「残ったら俺らで食うつもりやったのにな」
夕方前。
最後の一包みも売れた。
「終わりです」
俺が言うと、父は空の籠を見た。
「……食う分、なくなったな」
母が笑う。
「嬉しい困りごとですね」
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家に戻ってから銭を数えた。
一文。
二文。
十文。
値引きした分があるので、満額の五百文ではない。
それでも。
「四百七十文」
父が呟いた。
部屋の空気が止まる。
「四百七十……」
兄たちが銭を見つめる。
「一日で?」
「握り飯で?」
誰もすぐには言葉を出せなかった。
父は俺を見る。
「八郎」
「はい」
「お前……本当に二つか」
またそれを言われた。
俺は困って笑うしかなかった。
だが、この銭は本物だ。
漬物混ぜ飯は売れた。
俺の最初の商いは、成功した。
そしてここから、八郎の家は少しずつ変わり始めることになる。




