1532年10月~11月ごろ。年貢を納めたのちの帳簿を見ていると先々帳尻合わない。稼ぐために漬物の混ぜ飯を半月に一度の市で売りませんか?八郎初めての商売
父の仕事を手伝うようになって、しばらく経った。
もちろん手伝うと言っても、俺はまだ二歳半。
米俵を運ぶこともできない。
畑仕事もできない。
筆も満足に握れない。
できることは、父の膝の上で帳面を見ることだけだった。
だが、それだけでも分かることは多かった。
(なるほどな……)
この村がどうやって成り立っているのか。
少しずつ見えてきた。
米を作る。
その一部を納める。
いわゆる年貢。
それだけではない。
野菜も納める。
人も出す。
道を直す。
荷を運ぶ。
必要な時には労働も求められる。
(扶役みたいなもんか)
令和で本を読んだ知識を思い出す。
この時代、税は米だけではない。
人の力も重要な資源だった。
そしてもう一つ分かったことがある。
(これ……まずいな)
帳面を見る。
入ってくる量。
出ていく量。
残る量。
計算する。
今年の収穫。
納める分。
家で使う分。
種として残す分。
どう考えても余裕がない。
飢えるほどではない。
だが。
(何かあったら終わる)
雨。
病。
戦。
一つ崩れれば足りなくなる。
そして、このままでは今年納めるものも苦しくなる可能性がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その夜。
俺は父の膝の上で帳面を見ながら言った。
「父上」
「なんじゃ」
「今年、足りなくなりませんか」
父の手が止まった。
「何がじゃ」
「納める米です」
父は黙った。
俺は続ける。
「全部納めたら、家の分が少なくなります」
「……」
「でも残したら、納める分が苦しくなります」
父はしばらく俺を見た。
そして大きく息を吐く。
「お前、本当に二つか」
最近、そればかり言われる。
「和尚様にも言われます」
「だろうな」
父は苦笑した。
普通なら、幼子に話す内容ではない。
だが、父は最近少しずつ俺を相手にしてくれるようになっていた。
「では八郎」
「はい」
「どうすればよいと思う」
試すような声だった。
俺は答えた。
「銭を作ればいいと思います」
「銭?」
「はい」
米が足りないなら、米だけを見るのではなく、別の価値を作る。
前世なら当たり前の考え方。
でも、この時代では簡単ではない。
「何を売る」
父が聞く。
俺は待っていた。
ずっと考えていたことだった。
「握り飯です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
父は一瞬止まった。
「握り飯?」
「はい」
「飯を握るだけか」
「違います」
俺は首を振った。
「漬物を混ぜます」
「漬物?」
「はい」
家にある古漬け。
塩気の強い野菜。
普段なら少しずつ食べるもの。
それを細かく刻む。
「飯に混ぜて、笹で包みます」
父は腕を組む。
「それで売れるのか」
「売れます」
「いくらじゃ」
「二つで十文」
父は目を丸くした。
「十文?」
「はい」
「普通の握り飯なら五文ほどではないか」
「そうです」
俺は頷いた。
「でも普通の握り飯ではありません」
父は黙って聞く。
「市に来る人は歩いて来ます」
「うむ」
「遠くから来る人もいます」
「そうじゃな」
「その人たちは釜を持ってません」
父の眉が動く。
「火もありません」
「……」
「すぐ食べられる飯があれば買います」
俺は続ける。
「ただの飯なら五文」
「でも」
「塩気があって」
「漬物が入って」
「腹持ちが良くて」
「笹に包んですぐ持って行けるなら」
「十文でも買う人はいます」
父は何も言わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばらく沈黙した後。
父は笑った。
「お前の話は、本当に二歳児とは思えんな」
「そうですか?」
「そうじゃ」
父は俺の頭をなでる。
「普通の二歳は、市に来る人間の飯の心配などせん」
確かに。
それはそうだ。
「でも」
俺は言った。
「やってみたいです」
「なぜじゃ」
少し考える。
答えは決まっていた。
「みんなが腹いっぱい食べられるようにしたいからです」
父の表情が変わった。
「……」
「家も」
「兄上たちも」
「村のみんなも」
「飯があった方がいいです」
父は小さく笑った。
「八郎」
「はい」
「お前は変わっておる」
否定はできない。
中身は四十二歳だから。
「だが」
父は帳面を閉じた。
「面白い」
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「騙されたと思って、一度だけやってみませんか」
俺がそう言うと、父は吹き出した。
「騙されたと思って、か」
「はい」
「どこでそんな言葉を覚えた」
しまった。
少し大人びすぎた。
「和尚様です」
困った時は和尚。
最近便利になっている。
父は笑った。
「和尚なら言いそうじゃ」
そして頷いた。
「よし」
「本当ですか」
「ああ」
「一度だけやってみよう」
こうして決まった。
半月に一度の市。
そこで漬物混ぜ飯を売る。
小さな小さな商売。
でも俺にとっては大きな一歩だった。
(ここからや)
飯を作る。
銭を作る。
暮らしを変える。
戦国の八郎として。
俺の最初の商いが始まろうとしていた。




