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1532年9月。収穫時期に和尚さんが米俵を数える現場で父親に八郎の知識を披露。初めて父親に認められ帳面を一緒に見るようになる。

秋になった。

 八郎として生まれて二年半。

 少しずつ体も動くようになってきた。

 歩くことはできる。

 小さな物なら持てる。

 指も以前より動く。

 ただ、まだ力はない。

 米俵を運ぶどころか、水桶すら満足に持てない。

(まあ二歳半やからな)

 頭では分かっている。

 前世の記憶があっても、体は幼児。

 焦っても仕方ない。

 今できることをするしかない。

 そんな九月。

 村は一年で一番忙しい時期を迎えていた。

 収穫。

 田から米が取れる季節だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「八郎も連れて行きなさい」

 そう言ったのは和尚だった。

 寺で数字を教えてもらうようになってから、和尚は俺を面白がっていた。

 文字。

 数。

 簡単な計算。

 普通なら数年かけて覚えるものを、俺はすぐ理解する。

 当然だ。

 中身は四十二歳だったのだから。

 しかし和尚からすれば違う。

「この子は、ただ覚えるだけではない」

 そう言っていた。

「物を数える意味を分かっておる」

 だから収穫を見るべきだと言った。

 数字は紙の上だけではない。

 米。

 畑。

 人。

 暮らし。

 全部につながっている。

 兄に背負われ、俺は村の集まりへ向かった。

 そこには大量の米俵があった。

 庄屋である父もいた。

 村から集められた米。

 殿様へ納める分。

 家に残す分。

 種籾にする分。

 それらを確認していた。

(なるほどな……)

 これがこの時代の経済か。

 米が金。

 米が力。

 米を管理できる者が、人を動かせる。

 父は俺を見る。

「八郎も来たのか」

「はい」

 父は笑った。

 まだ俺のことを、少し賢い子供くらいにしか思っていない。

 兄たちや和尚ほど、本気ではなかった。

 そこで和尚が言った。

「試してみませんか」

「何をです」

「八郎の数です」

 父は苦笑する。

「まだ二つですよ」

「だから面白いのです」

 和尚は米俵を指した。

「八郎」

「はい」

「ここに米俵が百二十ある」

 俺を見る。

「一つの蔵に三十入るとする」

 周囲の大人たちも聞いている。

「蔵はいくつ必要じゃ」

 簡単だった。

 割り算。

 ただ、この時代の子供には難しい。

「四つです」

 俺は答えた。

 一瞬、静かになった。

「……何?」

 父が聞き返す。

「三十が四つで百二十です」

 和尚は笑った。

「ほれ」

 周りの大人たちが顔を見合わせる。

「偶然では?」

 誰かが言った。

 すると和尚はさらに続けた。

「では八郎」

「はい」

「百五十八の俵がある」

 和尚が言う。

「一つの蔵には三十入る」

「蔵はいくつ必要じゃ?」

 少し考えるふりをした。

 すぐ答えるのは不自然だからだ。

 そして言った。

「六つ」

「なぜじゃ?」

「五つの蔵はいっぱいになります」

 俺は指を折る。

「三十が五つで百五十」

「うむ」

「残り八つあります」

「だから?」

「もう一つ蔵がいります」

 空気が止まった。

 今度は誰も笑わなかった。

「……二歳半だぞ」

 兄が小さく言う。

 父も黙っている。

 和尚だけが楽しそうだった。

「面白いでしょう」

・・・・・・・・・・・・

 その日から父の態度が少し変わった。

 夜。

 俺は父の膝の上に座っていた。

 目の前には帳面。

 庄屋としての仕事だった。

 村から預かった物。

 納める米。

 出ていく物。

 残る物。

 それを書き残す。

「八郎」

「はい」

「これは読めるか」

 父が指差す。

 文字。

 完全ではない。

 でも寺で見たものなら分かる。

「米……ですか?」

 父の手が止まる。

「……本当に読めるのか」

「和尚様が教えてくれました」

 嘘ではない。

 実際、習っている。

 前世の記憶が助けているだけだ。

 父は苦笑した。

「ではこれは」

「三?」

「これは」

「十?」

 父は頭をかいた。

「お前、本当に二つ半か」

 最近、よく言われる。

 返事に困る。

「八郎」

「はい」

「文字は書けるか」

 俺は首を振る。

「まだ難しいです」

 これは本当だった。

 頭では分かる。

 でも手が動かない。

 筆を持つ力も弱い。

 細かい線を書くには体が追いついていない。

「そうか」

 父は少し安心したように笑った。

「全部できたら怖いからな」

 それから生活が変わった。

 昼。

 寺へ行く。

 和尚から文字や数を習う。

 夕方。

 家へ戻る。

 夜。

 父の膝の上で帳面を見る。

「これはこう読む」

「これは、この米のことですか?」

「そうじゃ」

「これは減った数ですか?」

「……よく分かったな」

 そんな会話が増えた。

 父は少しずつ俺を子供扱いしなくなった。

 もちろん、まだ二歳半。

 仕事を任せるわけではない。

 でも。

 話を聞いてくれるようになった。

(これや)

 俺が欲しかったもの。

 信用。

 何かを始めるための土台。

 飯を作るにも。

 商売するにも。

 農業を変えるにも。

 まず話を聞いてもらえなければ始まらない。

 和尚。

 兄たち。

 そして父。

 少しずつ増えている。

 味方が。

 前世では、人とのつながりに悩んだ。

 でも今回は違う。

 一人では何もできないことを知っている。

 だから、まず人を大切にする。

(焦らんでいい)

 まだ二歳半。

 でも確実に進んでいる。

 八郎の小さな改革は、数字を数えるところから始まった。

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