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1533年2月。領主と和尚様の問答。領主は銭が欲しい。村は苦しい。3歳児はどう見ると八郎に球を投げる領主

和尚は静かに殿を見る。

 怒鳴るわけではない。

 だが、その目は普段の穏やかな寺子屋の師とは違っていた。

「殿」

「なんや」

「一つ、言わせていただいてもよろしいですかな」

「ああ」

「今回、蓋を開けてみれば、十の村は思った以上に苦しかったのです」

 殿は黙る。

「最初は五万文、十万文足りぬという話でした」

「ああ」

「ですが実際は違いました」

「……」

「借り入れを隠していた者もおりました」

 殿は眉を寄せる。

「なぜ隠す」

「言えなかったのです」

 和尚は答える。

「庄屋という立場がありますから」

「……」

「小作や村人には弱みを見せられない。殿にも言えない。だから抱え込む」

「それで?」

「結果として、人を出すか、借金漬けになるか、田畑を手放すか」

 和尚は続ける。

「そこまで来ておりました」

 広間が静かになる。

「八郎はそれを立て直したわけではありません」

「ほう」

「まだ、立て直す目処を作っただけです」

「……」

「ようやくです」

 和尚の声が少し強くなる。

「ようやく、村人が前を向いたところなのです」

 八郎は黙って聞いていた。

「そこで」

 和尚は殿を見る。

「銭があるなら出せと言われれば、どうなりますか」

「……」

「また同じになります」

「同じ?」

「稼いでも取られる」

 その言葉に家臣の何人かが反応した。

「そう思われます」

「……」

「今、庄屋衆は八郎を中心にまとまり始めております」

「それはそれで問題ではないか?」

 殿が言う。

 和尚は頷いた。

「その通りです」

「ほう?」

「本来なら殿を中心にまとまるべきでしょう」

「なら」

「ですが」

 和尚は遮った。

「なぜそうなったかです」

 殿の目が細くなる。

「言うな」

「申し上げます」

 父が少し焦る。

「和尚様……」

 だが和尚は止まらない。

「困っていたからです」

「……」

「誰か助けてほしかった」

「……」

「そこに手を差し伸べたのが八郎でした」

 殿は黙った。

 しばらくして、小さく笑う。

「なるほどな」

「はい」

「わしは悪者か」

「そうは申しておりません」

「だが、そう聞こえるぞ」

 空気が張り詰める。

 殿が少し声を低くした。

「和尚」

「はい」

「忘れておらぬか」

「何をでしょう」

「わしらは遊んでいるわけではない」

「存じております」

「国境を守っておる」

「はい」

「兵を集め、武具を揃え、米を蓄える」

「はい」

「全部、銭がいる」

 殿の声にも熱が入る。

「敵が攻めてきたらどうする」

「……」

「村が焼かれたら終わりや」

「はい」

「田畑も湯浴みも飯屋も全部燃える」

「……」

「その時、守るのは誰や」

 和尚は答えない。

「わしや」

 殿は自分の胸を指した。

「だから銭がいる」

「それは理解しております」

「ならば分かるやろ」

 殿はため息をつく。

「わしも好きで言っているわけではない」

 少し間が空いた。

「正直に言う」

 殿は八郎を見る。

「税の一割」

「……」

「戻したい」

 父の顔が曇る。

「もしくは」

 殿は続ける。

「軍費として五万文ほど出してほしい」

 広間が静まった。

「殿」

 和尚が口を開く。

「それは」

「分かっとる」

 殿が先に言った。

「格好悪いことくらい」

「……」

「三歳児に銭を頼む殿など聞いたことない」

 自嘲気味に笑う。

「だがな」

 殿は真顔になる。

「格好だけで国は守れん」

 家臣が頷く。

「殿は殿のお役目を果たしております」

「そういうことや」

 殿は言う。

「わしは守るための銭が欲しい」

 和尚は返す。

「ですが空っぽの城に入っても、民はついてきませんぞ」

 その瞬間、空気が止まった。

「……和尚」

「はい」

「今、わしに楯突いたか?」

「意見を申し上げただけです」

「寺一つ潰すくらい、難しくないぞ」

 父が青ざめる。

「殿!」

 しかし和尚は動じなかった。

「昔なら怖かったでしょうな」

「何?」

「今は八郎が寄進してくれております」

「……」

「寺の修繕、子供らの学び、村への仕事」

 和尚は静かに言う。

「正直に申し上げれば」

「なんや」

「殿より、八郎の方が近いところを見ております」

「……」

 殿が目を細める。

「耳がおかしくなったかな」

 わざとらしく耳を触る。

「わしも仕事をしているはずなんやがな」

 家臣が慌てる。

「殿は立派に務めを果たされております」

「ああ、分かっとる」

 殿は苦笑した。

「和尚も分かって言っておる」

 しばらく沈黙。

 そして殿がため息をついた。

「平行線やな」

「そうですな」

「和尚は村を見る」

「はい」

「わしは外を見る」

「はい」

「どちらも必要」

「その通りです」

 殿は八郎を見る。

「さて」

「はい」

「お前はどう見る?」

「え?」

「三歳児」

 殿は少し笑った。

「村も守りたい」

「……」

「国も守らなければならん」

「……」

「お前ならどうする」

 全員の視線が八郎へ向いた。

 村を救った三歳児が、今度は領主の悩みを突きつけられていた。

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