1533年2月。八郎の領主様は小競り合いで困窮。税を戻したいが3歳児との約束を反故にはできない。一旦八郎を呼んで考えよう
その頃、城では。
領主は広間で報告を聞きながら、深いため息をついていた。
ここ最近、気が休まる暇がなかった。
隣国との境では小競り合いが続く。
兵を出す。
向こうも兵を出す。
少し押して、少し戻される。
勝ったとも負けたとも言えない戦ばかりだった。
「まったく……銭と米ばかり減る」
領主はぼやいた。
「兵を集めるにも時間がかかる。農繁期になればさらに難しくなる」
家臣も苦い顔をする。
「百姓も苦しいですからな」
「わかっとる」
領主はため息をついた。
「だからこそ困っとるんや」
無理に税を取れば村が弱る。
だが取らなければ兵を養えない。
戦国の領主というものは、外から見れば偉そうでも、内側では常に金と米に追われていた。
ふと、領主が思い出したように言った。
「そういえば」
「はい」
「あの小僧はどうしておる」
「八郎でございますか」
「ああ」
少し前、三歳児ながら千五百石分の村の立て直しを任せる形になった子供。
もちろん本気で今すぐ何かできるとは思っていなかった。
十年。
いや、元服する頃。
その頃に面白い存在になればいい。
そんな程度だった。
ところが家臣の顔が少し変わる。
「それが……」
「なんや」
「かなり動いております」
「ほう?」
「市ではもう有名になっております」
「市で?」
「はい。最初は飯売りでしたが、今は店を四つほど並べております」
「四つ?」
領主が眉を上げる。
「三歳児やぞ」
「はい」
「三歳児が店四つ?」
「正確には家族や雇った者を使っております」
「……なるほど」
それならまだ理解できる。
しかし話は続いた。
「魚のすり身、炒め飯、天ぷら……それに最近はマグロを出しております」
「マグロ?」
「はい」
「捨てる魚ではないか」
「それを味噌で煮て、酒の肴として売っております」
「……売れるのか」
「かなり」
領主は黙った。
「食えんと思っていたものを食えるようにした、ということで漁師にも評判です」
「値のないものに値をつけたか」
「はい」
「……」
領主は腕を組む。
戦で土地を奪うより簡単に聞こえる。
だが実際は違う。
誰も価値を見なかったものに価値を見つける。
それは簡単ではない。
「それで、銭は?」
「回っております」
「回っている?」
「はい。稼いだ銭で人を雇っております」
「ほう」
「さらに村に湯浴みを作りました」
「湯浴み?」
領主が思わず聞き返した。
「湯浴みというても、そんな安くないやろう」
「安くありません」
「いくらほどや」
「五千文ほどかかったようです」
「五千……」
領主は目を細めた。
「それをもう出せるのか」
「はい」
「……」
しばらく沈黙が流れる。
「元服までにそれくらいになればと思っていたんやがな」
領主は苦笑した。
「三歳二ヶ月でそこまで動くか」
「村ではかなり評判です」
「やろうな」
領主は分かっていた。
人は助けてくれる者を見る。
米を取る者より、仕事をくれる者を見る。
これは危うい。
「村人は?」
「喜んでおります」
「そうやろうな」
「湯浴みでは仕事も作っているようです」
「仕事?」
「火を見る者、銭を見る者、雑務をする者。日当を払っております」
領主は苦笑した。
「完全に小領主の考え方やないか」
「はい」
「三歳児が」
「はい」
二人とも笑うしかなかった。
だが笑い話だけでは済まない。
「問題は銭や」
領主が言う。
「はい」
「こちらは戦で銭がいる」
現実だった。
「八郎のところは金回りが良い」
「はい」
「なら税を……」
そこまで言って、領主は止まった。
「いや」
首を振る。
「それはできんな」
「なぜでございますか」
「三歳児との約束を破る殿になる」
「……」
「そんなもの、誰が信用する」
領主は苦い顔をする。
「あの時、税を一割下げると言った」
「はい」
「それを、儲かったから戻すと言えばどうなる」
「八郎だけでなく、庄屋衆も不満を持つでしょう」
「そういうことや」
家臣が考える。
「他の庄屋衆から、不公平だから戻してほしいという声が出れば……」
「形はつく」
領主は頷いた。
「だが」
「はい」
「それを仕向けたと思われたら終わりや」
「信用ですな」
「ああ」
領主は外を見る。
「戦は兵だけでは勝てん」
「……」
「村が支えなければ兵は出せん」
それを誰より理解していた。
「しかし困ったな」
「はい」
「あの小僧、思ったより早すぎる」
家臣が苦笑する。
「才があるのは間違いありません」
「ありすぎるのも困る」
領主も笑った。
「三歳児に嫉妬する殿など格好悪いしな」
「確かに」
「だが放っておくわけにもいかん」
領主は少し考えた。
「呼ぶか」
「八郎をですか」
「ああ」
「何を話されます?」
「それを考えるために呼ぶ」
領主は笑った。
「銭を出せと言うだけなら簡単や」
「はい」
「だが、あいつがどう考えているのか聞きたい」
少し間を置いて続ける。
「三歳児が、なぜ領地を豊かにすることを考えられるのか」
「……」
「そこを知らんと、わしの方が見誤る」
家臣は頭を下げた。
「では使いを出します」
「ああ」
領主は小さく笑った。
「さて」
「はい」
「今度はあの子ぞう、何を言って驚かせてくれるんやろうな」
戦では得られなかった期待。
それを三歳の子供に抱いている自分に、領主自身が一番驚いていた。




