1533年2月。庄屋衆の集まり。湯あみに関して礼を言われる。市の状況と三郎兄様の話をする。現状を領主が見ると税を増やす流れができるかもしれないwww
いつものように庄屋衆が集まり、八郎も父親の横に座っていた。
最初こそ「三歳児が混ざる会合」という妙な空気だったが、今では誰も不思議に思わない。
むしろ皆、八郎が何を言うのか楽しみにしているくらいだった。
「それで、皆様。最近困っていることとかありませんか?」
八郎がそう聞くと、一人の庄屋がすぐに笑った。
「困ってることより先に礼やな」
「礼ですか?」
「あの湯浴みや」
「ああ」
「あれはほんま助かっとる」
別の庄屋も頷く。
「仕事を回してくれてるのもありがたいんやけどな。それ以上に湯浴みがええ」
「そんなにですか?」
「冬はな、田仕事して汗かいて、そのまま冷えるとほんま体がおかしくなるんや」
「はい」
「けど湯で体拭いて、温まって、茶でも飲んで帰る。それだけで気分が全然違う」
八郎は少し嬉しそうにした。
「それなら作って良かったです」
「ただなあ」
「はい?」
「うちの村からは遠い」
それを聞いて周りが笑った。
「結局それか」
「いや、ほんまやぞ。近い村ばっかりずるいわ」
八郎も笑う。
「そこは順繰り改善したいと思ってます」
「順繰り?」
「はい」
その言葉に何人かが反応した。
もう皆、八郎の「順繰り」が普通ではないことを知っている。
「まさか」
「はい?」
「もう次考えとるんか?」
「……考えてます」
その場が少しざわついた。
「早すぎるやろ」
「いや、でも冬ですよ?」
八郎は真面目な顔で言う。
「今が一番仕事がない時期です。春になれば農作業があります。でも今は、
銭を稼ぎたくても稼げない人が多いでしょう?」
庄屋たちは黙った。
それは事実だった。
「だから今、仕事を作る意味があります」
「なるほどな」
「湯浴みなら、火を見る人、水を見る人、布や銭を見る人。三人仕事ができます」
「また三人か」
「はい」
「でも釜、高いやろ?」
「五千文ぐらいですね」
さらっと言う八郎に皆が苦笑する。
「五千文を軽く言うな」
「軽くはないです」
八郎は首を振った。
「だから悩んでます」
「何をや」
「殿様です」
その一言で空気が変わった。
「殿様?」
「はい」
八郎は少し声を落とした。
「今の状況が伝わると思うんです」
「まあ……伝わるやろうな」
「市でも噂になってますからね」
「マグロもあるしな」
「はい」
八郎は頷く。
「それで、銭があると思われるのが怖いんです」
「……税か」
一人が言った。
「はい」
「一割下げてもらった分か」
「それを戻そうとか、もう少し取れるんじゃないかと思われるのが怖いです」
庄屋衆の顔が曇った。
「それは困る」
「困るな」
「あの一割でどれだけ助かったか」
八郎は頷いた。
「だから迷っています」
「どれくらい残っとるんや?」
聞かれて八郎は少し迷った。
だが隠しても仕方ないと思い、正直に言う。
「今、一万文ほどあります」
一瞬、静かになった。
「……」
「……」
「一万?」
「はい」
「一万文?」
「はい」
「三歳児の家に?」
「家です」
「いや、そこちゃうわ」
全員が笑った。
「どうなっとるんや」
「市のおかげです」
「違うやろ」
庄屋の一人が笑う。
「八郎がおるからや」
「いや、皆さんのおかげですよ」
「出た出た」
「ほんまに思ってます」
八郎は真面目だった。
「前回と前々回、市だけで合わせて四千文ほど利益が出ました」
「……」
「月で考えると、市だけで一万六千文ほどです」
「待て待て」
「はい?」
「数字がおかしい」
「あと三郎兄様の炒め飯屋があります」
「まだあるんか」
「はい」
「もう怖いわ」
八郎は続ける。
「三郎兄様が五日やって、利益が千六百文ほどでした」
「……」
「もちろん兄様には日当払ってます」
「いくらや」
「一日八十文です」
「高いな」
「ちゃんと任せてますから」
「で、その利益は?」
「三郎兄様が家で使っていいと言ってくれました」
「ええ兄やな」
「はい」
八郎は嬉しそうにする。
「なので全部合わせると、ざっくり週五千文くらいの流れは見えてきています」
庄屋衆は完全に黙った。
「……八郎」
「はい」
「お前、今何を言うたかわかっとるか?」
「え?」
「週五千文やぞ」
「はい」
「月二万文近いやぞ」
「はい」
「一年なら二十四万文やぞ」
「そうですね」
「そうですね、ちゃうわ!」
皆が吹き出した。
「この前、十の村の借り入れ合わせて十六万文って言って青ざめてたんやぞ」
「はい」
「もう超えとるやないか」
「まだ予定です」
「またそれや」
八郎は首を振る。
「だから、利益を抱えるより仕事に変えたいんです」
「湯浴みか」
「はい」
「でも湯浴みは儲からんやろ?」
「儲けるつもりはあまりないです」
「なんぼ見とる?」
「一日三十五文くらい利益が残ればいいかなと」
「少なっ」
思わず一人が声を出した。
「市で二千文稼ぐ男が、一日三十五文?」
「目的が違います」
八郎は言う。
「市は銭を作る場所です」
「ほう」
「湯浴みは銭を回す場所です」
その言葉に皆が黙った。
「働いた人に日当が出る。使った人は気持ちよくなる。薪を売る人もできます。布を作る人もできます」
「……」
「そうやって村の中を回したいんです」
庄屋衆は顔を見合わせた。
「八郎」
「はい」
「お前、本当に三歳か?」
「三歳二ヶ月です」
「そういう話ちゃう」
皆が笑う。
ただ、その笑いには以前とは違うものがあった。
借金で暗かった庄屋衆の顔に、少しずつ希望が戻っていた。
「まあでも」
一人が言った。
「殿様より八郎についていきたいって奴、増えるぞ」
「それ困るんです」
「やっぱりわかっとるんか」
「はい」
「ほんま、そこだけ子供らしくないな」
八郎は苦笑する。
「だから一つずつです」
「一つずつでこれか」
また笑いが起こる。
たった一ヶ月。
ただの飯売りだったものが、市を変え、村を変え、人の気持ちまで変え始めていた。




