1533年年2月。八郎3歳2か月。和尚様との会話。領主様が何も言ってこなければ湯あみ増やしたいが税か銭要求されるかもwww
1533年年2月。
八郎は三歳二ヶ月になっていた。
いつものように寺子屋へ行き、読み書きと数を少しやって、それが終わると和尚様のところで
茶をもらう。もうその流れも、だいぶ当たり前になっていた。
「それで八郎、今回の市はどうやった」
「前回と大きくは変わりません。売り上げが九千文ほどで、利益が二千文ほどです」
八郎が普通に言うと、和尚様は少し呆れたように笑った。
「二千文を普通みたいに言うようになったか」
「いや、変わってないので」
「変わってないことがおかしいんや」
八郎は少し困った顔をする。
「まあ、そうかもしれません」
「で、変わったことは?」
「三郎兄様です」
「ああ、炒め飯屋か」
「はい。半分住み込みみたいな形で、市に店を置いてもらってます」
「どうや」
「少し寂しそうでした」
そう言うと、和尚様はすぐに頷いた。
「そらそうやろうな。兄弟の多い家で育って、急に一人で店番や。客が来る言うても、
夜になれば静かやろう」
「はい。そこは気にした方がいいと思ってます」
「気にしなされ」
和尚様は茶をすすった。
「銭が入るからええ、だけでは人は続かん」
「そうですね」
「ただ、悪くはないんやろ?」
「はい」
八郎は頷いた。
「五日で利益が千六百文ほどです。三郎兄様の日当が四百文ほど」
「八十文を五日か」
「はい。家に帰って飯も食べてますし、三男以降の扱いとしては、かなり良いと思います」
「良いどころやないな」
和尚様は苦笑した。
「普通、三男以下がそんなに銭を持てることはなかなかない。奉公に出ても、
戦に出ても、手元に残るとは限らん」
「三郎兄様も、悪くないとは言ってました」
「それならええ」
「それで、その利益なんですけど、三郎兄様は家の帳面につけていいと言ってくれました。
日当はもらうけど、利益は村のために使ってくれと」
「ええ兄やな」
「はい」
八郎は少し嬉しそうに言った。
「なので今、手元には一万文近くあります」
和尚様の手が止まる。
「一万文か」
「はい」
「三歳児が一万文をどうするか悩む日が来るとはな」
「僕も困ってます」
「何に使うつもりや」
「湯浴みをもう一つ作ろうかと思っています」
「やっぱりそこか」
「はい。ただ、少し迷っています」
「殿様か」
和尚様が先に言った。
八郎は頷く。
「はい。二月に入ったので、そろそろお声がかかるかもしれないと思ってます」
「あり得るな」
「市で噂になりすぎています。マグロ、湯浴み、仕事、三郎兄様の店。あとは
、千五百石の庄屋衆の話もあります」
「隠し切れるものではないな」
「はい」
八郎は茶を見る。
「手元の銭を使ってしまって、『ありません』という形にする方がいいのか。ある程度残して、
もし呼ばれた時に寄進できるようにしておく方がいいのか。そこが迷いどころです」
「お前、ほんまに三歳か」
「三歳二ヶ月です」
「そういう問題ちゃう」
和尚様は笑ったが、すぐ真面目な顔になる。
「一番怖いのは何や」
「税を戻されることです」
八郎はすぐ答えた。
「一割減らしていただいた税を、八郎のところは銭が回っているからもう大丈夫だろう、
と戻されるのが一番困ります」
「庄屋衆が嫌がるな」
「はい。というか、反発します」
「そらそうやろうな。やっと息ができると思ったところや」
「それに、稼げるようになったのは、みんなが急に豊かになったわけではありません」
「八郎が回しているからやな」
「……はい」
八郎は少し言いにくそうに頷いた。
「そこが問題です」
和尚様は目を細めた。
「そこを自分で分かってるのが、お前の怖いところやな」
「怖いですか」
「怖いわ」
和尚様は笑う。
「ただ、悪い怖さではない。お前は銭を抱えようとしているんやなく、仕事に変えようとしている」
「はい。湯浴みをもう一つ作れば、また三人働けます。冬場は仕事が少ないですし、
隣の村にも湯を使える場所ができます」
「銭が村に落ちる」
「はい」
「それはええ」
和尚様は少し考えてから言った。
「もし呼び出しがあれば、わしも行こう」
「本当ですか」
「ああ。税の話になるなら、横で見ておいた方がええ」
「ありがとうございます」
「ただし、八郎」
「はい」
「隠し事は下手やな」
「そんなにですか」
「顔に出る」
八郎はむっとする。
「気をつけます」
「いや、それくらいでええ」
「え?」
「三歳児が腹芸まで完璧やったら、もう怖すぎる」
和尚様は笑った。
「お前は今のまま、人を見て、銭を回して、できることを積み上げなされ」
「はい」
「殿様のことは、来たらその時考える」
「はい」
「来なければ?」
「湯浴みをもう一つ作ります」
「早いな」
「冬のうちがいいと思います」
「ほんま、早いな」
和尚様は呆れたように笑った。
八郎も少し笑った。
二月に入り、八郎の商いは飯屋から湯浴みへ、そして市の拠点へと広がっていた。
けれど本人はまだ三歳二ヶ月で、湯飲みを両手で抱えながら、少しだけ難しい顔をしている。
和尚様はその姿を見て、静かに思った。
この子は止めるより、支える方がよい。
ただし、時々はちゃんと子供に戻してやらねばならん、と。




