1533年1月。1月8回目最後の飯屋。三郎兄様、合流出来て嬉しそう。なんやかんや三男で一人の店やっている感じ悪くないでと。
それから数日後。
一月最後の市の日が来た。
朝から家では準備が進んでいたが、以前とは少し様子が違った。
「なんか……楽やな」
四郎が荷車を見ながら言った。
父も頷く。
「ほんまやな。前は鍋から椀から全部積んでたからな」
「三郎兄様の店に置けるものは置いてますからね」
八郎が笑う。
「やっぱり拠点があるのは大きいです」
「荷物置き場欲しかっただけちゃうんか」
「それもあります」
「また認めた」
皆が笑った。
荷車はいつもより軽い。
それだけでも、市までの道のりは楽だった。
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市に着くと、三郎が店先から顔を出した。
「来たか!」
「三郎兄様」
「いやー、待っとったわ」
「そんなにですか」
三郎は苦笑する。
「結構寂しいんやで」
「寂しい?」
「客は来るんやけどな」
「はい」
「一人で鍋振って、客帰ったら静かになるからな」
「ああ……」
八郎は少し考える。
「その話、あとでしましょう」
「あと?」
「はい。まず市を回しましょう」
「ほんま、お前三歳児ちゃうな」
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市が始まる。
いつものように四つの店が並ぶ。
炒め飯。
つみれ汁。
天ぷら。
マグロ味噌煮。
匂いにつられて常連たちが寄ってきた。
「坊主、来たな」
「はい」
「聞いたぞ。兄ちゃん、炒め飯屋やっとるんやろ」
「はい」
「食ったぞ」
「どうでした?」
「うまかった」
「ありがとうございます」
「でもな」
「はい?」
「案外地味やな」
常連が笑う。
「お前らが四軒並べる時みたいな祭り感はない」
「ああ、それはそうですね」
八郎は頷いた。
「普段使いの飯屋ですから」
「普段使い?」
「はい」
「市の日のうちは特別です」
八郎は周りを見る。
「四つ店を出して、人が集まって、酒も飲んで」
「うん」
「そりゃ楽しいです」
「そうやな」
「でも毎日の飯って、毎回そんなにはしゃがないでしょう」
「俺ははしゃぐぞ」
常連が胸を張る。
周りが笑った。
「おじ様は特別です」
「なんやそれ」
「でも普通は、二日に一回とか、三日に一回とか」
「うん」
「一週間二十一食あるうち、二、三回来てくれたら十分です」
「……」
「それを続けてもらう店です」
常連は感心したように見る。
「ほんま考え方がおっさんやな」
「ただ」
八郎は続ける。
「うちとしては、三郎兄様がここにいる価値は大きいです」
「なんでや?」
「市に家族がいることです」
「?」
「何が売れてるか」
「誰が困ってるか」
「何が足りないか」
「そういう話が聞けます」
「なるほどなあ」
「あと、うちは売るだけじゃないです」
「買うんやな」
「はい」
「卵も野菜も漬物も買います」
「市に銭を落とします」
「だから嫌われにくいと思っています」
常連は笑った。
「お前ほんま三歳児か」
「三歳です」
「嘘つけ」
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そんな話をしながらも市は進んだ。
新しく入った者も少し慣れてきた。
母も以前ほど追われていない。
そして夕方。
片付けが終わった後、父と三郎と八郎で話すことになった。
「それで」
八郎が聞く。
「三郎兄様、どうですか?」
「どうって?」
「帳簿です」
「あー」
三郎は苦笑した。
「思ったほどではないな」
「売上ですか」
「そう」
「一日千二百文って計算してたやろ」
「はい」
「でも実際は九百文くらいやな」
「十分じゃないですか」
「そうなんか?」
「はい」
八郎は即答した。
「四店舗並べてやる市の日と比べたら駄目です」
「そうか」
「兄様は一店舗です」
「うん」
「しかも毎日です」
「うん」
「毎日炒め飯を食べたい人ばかりじゃないです」
三郎は笑った。
「まあ確かにな」
「だから改善ですね」
「改善?」
「はい」
「例えば、市の日は別の料理を覚える」
「俺が?」
「はい」
「つみれ汁の味を見る」
「天ぷらを揚げる」
「マグロの味噌煮を見る」
「……」
「三郎兄様だけじゃなく、四郎兄様や五郎兄様にも炒め飯を覚えてもらう」
「味を共有するんか」
「そうです」
「誰か一人しかできない状態は怖いです」
父が頷く。
「母さんの時と同じやな」
「はい」
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「それに」
八郎は笑った。
「別に市に絶対住まないと駄目なんて言ってません」
「お前が言ったんやろ」
「借りただけです」
「……」
「買ってません」
父と三郎が顔を見合わせる。
「失敗したら?」
「返せばいいです」
「軽いな」
「その間の損は、利益から補填したらいいです」
「ほんま軽いな」
「でも三郎兄様、日当は出てますよね?」
「ああ」
「それなら経験代です」
三郎は少し黙った。
「でもな」
三郎がぽつりと言った。
「悪くないんや」
「はい」
「普通なら俺ら三男以下は、どこか奉公行くか、戦に出るかやろ」
父は黙った。
「でも今は」
三郎は店を見る。
「自分の店みたいなものがある」
「はい」
「人の顔色ばっか見なくていい」
「はい」
「客がうまいって言ってくれる」
「はい」
「それは……悪くない」
八郎は笑った。
「ならよかったです」
父がため息をつく。
「八郎」
「はい」
「お前、兄の人生まで変えてるぞ」
「そんな大げさな」
「いや、変わっとる」
三郎も笑った。
「もう普通の奉公できへんな」
「ですね」
「鍋振って月にこれだけ銭見たらな」
父が苦笑する。
「ほんま、とんでもない八男が生まれたもんや」
市の片隅。
小さな板飯屋は、静かに根を張り始めていた。




