1533年1月。三郎兄様が市で半分住み込みの炒め飯屋を始める。市の時より勢いはないがなんとかしている。相方募集要検討
数日後。
四郎は朝から荷をまとめて、市へ向かった。
飯玉四十個。
それとは別に、少し多めの混ぜ飯。
卵。
漬物。
そして小さな包みにした味噌。
今日はただ混ぜ飯を売るだけではない。
三郎の炒め飯屋へ材料を届ける役目もあった。
「四郎兄様、お願いしますね」
「分かっとる」
「混ぜ飯は売れ残っても大丈夫です」
「はいはい」
「卵は割れやすいので」
「それも分かっとる」
「三郎兄様には、売れた数と残った数を聞いてください」
「八郎」
「はい」
「お前、ほんま細かいな」
「帳簿に要りますから」
「三歳児が言うな」
四郎は笑いながら出ていった。
夕方。
四郎が戻ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
八郎はすぐ顔を上げる。
「どうでした?」
「飯玉はまあまあ売れた」
「全部ですか?」
「四十全部とはいかんかったけど、そこそこや」
「十分です」
「あと、三郎兄さんに混ぜ飯と卵渡してきた」
「ありがとうございます」
四郎は少し座り込んだ。
「でな」
「はい」
「三郎兄さん、やってたわ」
「炒め飯屋ですか」
「そう」
四郎は思い出すように言う。
「鍋振って、飯炒めて、客に出してた」
「人は入ってました?」
「入ってた」
「よかったです」
「けどな」
「はい?」
「一人でちょっと寂しそうやった」
それを聞いて、母が少し心配そうな顔をした。
「そう……」
「まあ、客はおったで」
四郎は慌てて付け足す。
「ただ、うちが市の日に四軒並べてやる時みたいな勢いではなかったな」
「それはそうでしょう」
八郎は落ち着いて言った。
「うちは四軒で匂いも音も人もあります」
「うん」
「客も祭りみたいに来てくれます」
「そうやな」
「でも日々やる炒め飯屋は違います」
「違う?」
「はい」
「毎日ある飯屋です」
「……」
「派手じゃなくていいんです」
「そうなんか」
「はい。昼に来る人、軽く食べる人、酒を少し飲む人、話しに来る人」
「そういう積み重ねです」
父が腕を組む。
「なるほどな」
「市の日の勢いとは違う空気か」
「はい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「でも」
八郎は少し考えた。
「三郎兄様には相方が必要ですね」
「相方?」
「はい」
「一人でずっと鍋を振って、客を見るのは大変です」
「そうやろな」
「机を拭く人」
「料理を運ぶ人」
「卵を割る人」
「水を見る人」
「そういう人がいるだけで違います」
母が頷く。
「それはそうね」
「誰をつける?」
父が聞く。
「市で探すのも一つです」
「市で?」
「はい」
「市の中で働きたい人」
「うん」
「あるいは父上のつてで、庄屋さんの家の娘さんや、冬の間手が空いている人」
「……」
「冬場は仕事が少ないですから」
八郎は言葉を選んだ。
「働きたい人は多いと思います」
父はため息をつく。
「湯浴みの時も大変やったしな」
「はい」
「いきなり決めなくていいです」
「試すんか」
「はい」
「何日か入ってもらって、三郎兄様と相性を見ます」
三郎はその場にいなかったが、皆が何となく想像した。
鍋を振る三郎。
横で手伝う誰か。
客に飯を出す誰か。
それだけで店の形はずいぶん変わる。
「しかしなあ」
四郎が笑った。
「八郎、追い出しといて冷静やな」
「追い出してません」
「半分市に住ませてるやんけ」
「夜は帰ってきます」
「鍵かけてな」
「そうです」
「荷物置くために」
「それも大事です」
皆が笑った。
「三郎兄様だって、家で飯を食べた方がいいでしょう」
「まあな」
「それに」
「それに?」
「こっちには湯浴みがあります」
八郎がそう言うと、父が笑った。
「ああ、それは大きいな」
「店終わりに帰ってきて、湯で体拭いて寝る」
「それだけでも違います」
母も頷いた。
「働いた後なら気持ちいいやろうね」
「はい」
四郎がにやにやする。
「その湯浴みも、次増やすんちゃうんか」
「……」
「次の市でそこそこうまくいったら、また釜頼むつもりやろ」
八郎は少し目を逸らした。
「考えます」
「考えます、やって」
「もう半分決めとる顔や」
父も笑った。
「八郎」
「はい」
「焦るなよ」
「分かっています」
「ほんまか?」
「はい」
「お前の『分かっています』は信用できん」
家中に笑いが広がった。
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その夜。
八郎は帳面に書き込んだ。
三郎炒め飯屋。
混ぜ飯配達。
卵補充。
相方候補。
市の家賃。
荷物置き。
帰宅後の湯浴み。
それぞれは小さな項目だった。
けれど、それを線でつなぐと、ひとつの形が見え始める。
ただ市で売るだけではない。
市に拠点を置き、家から材料を送り、人を雇い、情報を得る。
八郎は小さく呟いた。
「まずは一つ」
それを聞いた父が苦笑する。
「また始まったな」
「何がです?」
「一つと言う時のお前は、だいたい十まで見とる」
「そんなことないですよ」
「ある」
父は笑った。
「でもまあ、三郎が楽しそうならええ」
「はい」
「寂しそうやったなら、早めに相方は探そう」
「そうですね」
火の明かりが帳面を照らす。
八郎一家の商いは、また少しだけ形を変えようとしていた。




