1533年1月。兄弟たちは市で興奮することは少なくなったが寺子屋の子供たちは湯あみで興奮している。和尚さんとの会話等
寺子屋に行くと、以前のように八郎の兄たちが大騒ぎすることは少なくなっていた。
理由は簡単だった。
慣れてしまったのだ。
「八郎がまた何かした」
というのが、もはや日常になりつつあった。
むしろ騒いでいるのは周りの子供たちだった。
「八郎! 俺、湯浴み行ったぞ!」
「どうやった?」
「めっちゃ良かった!」
「父ちゃんも行ってた。体拭いただけやのに、よう寝れた言うてた」
「母ちゃんも女の時間に行ったって」
そんな声が飛んでくる。
八郎は笑った。
「それなら良かったわ」
「あと俺の父ちゃん、仕事ないかな言うてた」
「それは父上と母上に言うてな」
「八郎が決めてるんちゃうん?」
「違う違う」
八郎は手を振る。
「俺が全部決めたらあかんねん」
横で聞いていた和尚が苦笑した。
「三歳児が言う言葉ちゃうな」
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寺子屋が終わったあと。
いつものように和尚と茶を飲む。
「それで八郎」
「はい」
「この前の市はどうやった」
「ああ」
八郎は指を折る。
「売上は少し落ちました」
「ほう」
「九千文ほどです」
「……」
和尚が止まった。
「八郎」
「はい」
「九千文で落ちたと言うようになったか」
「あ」
「最初、混ぜ飯売って喜んでた子供はどこ行ったんや」
八郎は苦笑する。
「まあ……慣れは怖いですね」
「ほんまや」
和尚は笑った。
「それで?」
「新しく奥様を二人雇いました」
「聞いた」
「なので人件費が増えました」
「うん」
「でも利益は二千文ほど残りました」
「二千か」
「はい」
「人を増やして?」
「はい」
「母上の仕事を減らして?」
「はい」
「それで二千残るなら十分やな」
「そう思ってます」
八郎は頷いた。
「銭だけ増やしても意味ないですから」
「ほう」
「母上しか作れない状態は危ないです」
「……」
「母上が倒れたら終わります」
「なるほど」
「だから作れる人を増やすんです」
和尚は感心したように茶を見る。
「お前は本当に人を見るな」
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「あと」
「まだあるんか」
「三郎兄様です」
「三郎?」
「市で板飯屋をやらないかと話しています」
「ほう」
「半分住み込みみたいな形ですね」
「兄を使うか」
和尚が笑う。
「兄さんと家族を利用するのもほどほどにな」
「いやいや」
八郎は慌てる。
「利用じゃありません」
「違うんか?」
「一郎兄様と二郎兄様は田畑を見るじゃないですか」
「そうやな」
「じゃあ三男から下はどうするんです?」
「……」
「普通なら戦に行ったり、どこかへ奉公したりになります」
「まあな」
「でも商いがあれば違います」
和尚は黙って聞いた。
「三郎兄様は炒め飯が作れます」
「うん」
「一杯二十文」
「うん」
「六十杯売れば一日千二百文です」
「……」
「三十日なら三万六千文」
和尚がため息をついた。
「また数字がおかしいな」
「売上ですよ」
「分かっとる」
「米、卵、薪、油、人件費、家賃を抜きます」
「うん」
「それでも年で数万文は利益が出ます」
「三郎には?」
「日当八十文」
「八十」
「月なら二千四百文」
和尚が目を細めた。
「それは大きいぞ」
「はい」
「若い男がそれだけ稼げたら嫁取りも見える」
「そうなんです」
八郎は笑った。
「兄様たちの縁談、なんとかなるかもしれません」
「三歳児が兄の嫁の心配するな」
和尚は吹き出した。
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「でもですね」
「まだあるな」
「はい」
「怖いな」
「うちは仕入れが強いんです」
「仕入れ?」
「はい」
八郎は説明する。
「米があります」
「農家やからな」
「卵は村々から買っています」
「うん」
「漬物は母上が作れるし、市でも買います」
「うん」
「魚は漁師から」
「うん」
「つまり材料の流れがあります」
和尚は頷いた。
「普通の飯屋は、そこが苦労する」
「そうです」
「でも八郎のところは、先に流れを作ったわけか」
「はい」
「買うことで信用も作りました」
「……」
和尚は笑った。
「領主より商売人みたいやな」
「やめてください」
「それに」
八郎は続ける。
「今うちが出している飯って、あまり他でないんです」
「炒め飯」
「はい」
「つみれ汁」
「はい」
「天ぷら」
「はい」
「マグロ味噌煮」
「はい」
「確かにな」
「だから弟子を作れます」
「弟子か」
「三郎兄様が教えて、別の市に出せばいい」
「……」
「海ならマグロ」
「山なら山菜」
「油があるなら天ぷら」
「魚があるならつみれ」
「土地ごとに変える」
和尚はじっと八郎を見た。
「八郎」
「はい」
「お前、市を繋ぐ気か」
「……」
「薩摩中の市を」
「まだです」
「またまだか」
和尚は笑った。
「領主様が聞いたら頭抱えるぞ」
「だから少しずつです」
「少しずつで一月でここまで来たんやがな」
和尚は茶を飲みながら空を見た。
「三郎の板飯屋か」
「はい」
「湯浴み」
「はい」
「漬物」
「はい」
「市」
「はい」
「人」
「はい」
「八郎」
「はい?」
「お前が作ってるのは店じゃないな」
「?」
「村そのものや」
その言葉に、八郎は少しだけ黙った。
「……まだ、自分の周りだけですよ」
「まだ、な」
和尚は笑う。
「その言葉が一番怖いわ」




