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1533年1月。八郎、三郎兄さま、炒め飯屋を市で開いて溶け込む気はないですか?市に根を下ろし情報収集。

その日の夜。

 銭勘定も終わり、皆で飯を食べている時だった。

 八郎がふと思いついたように三郎を見る。

「三郎兄様」

「なんや?」

「半分、市に住み込む気はありませんか?」

「……は?」

 三郎の箸が止まる。

「何言い出すねん」

 父も苦笑する。

「また八郎が変なこと言い出したぞ」

「いやいや、ちゃんと考えてます」

「ほう、聞こうか」

 八郎は指を折りながら話し始める。

「今、うちは市の日に四つ店を出してます」

「そうやな」

「月八回です」

「うん」

「でも四郎兄様が混ぜ飯を売りに行く日があります」

「あるな」

「五郎兄様も行ってます」

「そうや」

「つまり、もう週四回ぐらい市に顔を出してるんです」

 父が頷く。

「確かにな」

「だったら」

「だったら?」

「もう店借りてもよくないですか?」

 皆が止まった。

「……」

「……」

 三郎が目を細める。

「店?」

「はい」

「俺が?」

「はい」

「何するんや」

「炒め飯屋です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「三郎兄様」

「なんや」

「もう炒め飯、作れますよね?」

「まあ……作れる」

「味も安定してますよね」

「母さんには負けるけどな」

「十分です」

 八郎は笑う。

「なら、市の炒め飯屋として店を持てます」

「いやいや」

 三郎は慌てる。

「そんな簡単に言うけどな」

「買うんじゃないですよ」

「?」

「借ります」

「ああ」

「月で借ります」

 父が腕を組む。

「なるほどな」

「市の日だけ場所借りるんじゃなくて、そこに根を張るんか」

「はい」

「荷物も置けます」

 その瞬間、兄たちが笑った。

「おい」

「なんです?」

「八郎」

「はい」

「そっちが本音ちゃうか」

「……」

「毎回荷物運ぶの面倒なんやろ」

「それもあります」

 家中が笑う。

「正直やな!」

「大事ですよ」

 八郎は真顔だ。

「鍋、器、机、椀、全部持ち帰るの大変です」

「まあな」

「置けるだけで楽になります」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それに」

 八郎は続ける。

「三郎兄様だけで全部やる必要ありません」

「どういうことや」

「相方を作るんです」

「相方?」

「はい」

「冬で仕事がない人はいます」

「……」

「料理を覚えたい女の人でも」

「うん」

「男の人でもいいです」

「うん」

「下働きから覚えてもらう」

 三郎は考え込む。

「弟子か」

「そうです」

「俺が弟子取るんか」

「はい」

「早ないか?」

「早いです」

「認めるんかい」

「でも必要です」

「三郎兄様が一人で十店舗は作れません」

「十店舗!?」

「例えばです」

「例えばが大きいわ」

「だから人を育てるんです」

 八郎は普通に言う。

「三郎兄様が炒め飯を教える」

「……」

「その人が別の市で炒め飯を売る」

「……」

「四郎兄様、五郎兄様は混ぜ飯を広げる」

「……」

「そうしたら売れる場所が増えます」

 父がじっと八郎を見る。

「お前」

「はい」

「市を繋ぐつもりやろ」

「……」

「違うんか?」

 八郎は少し黙る。

「まあ……」

「まあ?」

「今すぐではないです」

 父が笑う。

「また出た」

「何がです?」

「今すぐではない」

「はい」

「つまり、いつかやる気や」

「……」

 兄たちが爆笑した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「でも考えてください」

 八郎は続ける。

「炒め飯」

「うん」

「つみれ汁」

「うん」

「天ぷら」

「うん」

「マグロ味噌煮」

「……」

「これ、他の場所でありますか?」

 皆黙る。

「ないな」

「ですよね」

「だから広げられます」

「……」

「でも、広げるには人が必要です」

 三郎は腕を組む。

「俺が最初になるんか」

「はい」

「責任重いやんけ」

「だから確認してます」

「?」

「やりたいですか?」

 三郎は黙った。

 少しして笑った。

「……面白そうやな」

「本当ですか?」

「ああ」

「ただ」

「ただ?」

「帳簿がなあ」

 八郎がじっと見る。

「三郎兄様」

「なんや」

「帳簿つけてます?」

「……」

「……」

「ちょっと怪しい」

 全員笑った。

「そこ大事ですよ!」

「分かっとるわ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「じゃあ最初は練習ですね」

「練習?」

「僕らが市に行く日に横でやります」

「うん」

「父上にも見てもらいます」

「うん」

「仕入れ」

「うん」

「売上」

「うん」

「残った銭」

「……」

「全部書く」

 三郎はため息をつく。

「料理より難しそうや」

「大事です」

「分かった」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 父は酒を一口飲み、笑った。

「しかしなあ」

「?」

「一郎、二郎は田畑」

「はい」

「三郎は飯屋」

「はい」

「四郎、五郎は売り歩き」

「はい」

「母さんは漬物や料理」

「はい」

「俺は何するんや」

「全部まとめてください」

「一番面倒やないか!」

 また笑いが起こる。

 だが父は嬉しそうだった。

「しかし……」

「?」

「ほんま大きくなってきたな」

「まだ小さいですよ」

「違う」

 父は首を振る。

「店やない」

「?」

「考えてることや」

「……」

「村から市へ」

「……」

「市から隣の市へ」

「……」

「その先まで見とる」

 八郎は少し笑った。

「まずは目の前です」

「嘘つけ」

「本当です」

「お前、薩摩中の市を繋ごうとか考えとる顔や」

「……」

「図星やな」

「まだです」

「また、まだ、か」

 父も兄たちも笑った。

 三歳の末っ子。

 だがその頭の中には、もうただの飯屋ではなく、人と銭と市を結ぶ道が描かれ始めていた。

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