1533年1月。7回目の市。安定の収益。2000文。ただあと一度で1月が終わり、領主が八郎の動きを気にしたらまずいwwww
その日の夜。
いつものように家族で帳簿を囲んだ。
父が銭袋を開ける。
「さて……今日はどうや?」
八郎は木札に数字を書きながら答える。
「売り上げは九千文ぐらいですね」
「下がったな」
「はい」
「前、一万近かったやろ」
「今日は少し値引きしましたから」
八郎は平然と言う。
「お客さん待たせたりもしましたし、常連さんには少し返しました」
「お前はほんま商人やな」
「でも売り上げだけ見ても仕方ないです」
「ほう」
「大事なのは残った銭です」
母が笑う。
「また始まった」
八郎は帳簿を見る。
「材料費はあまり変わりません」
「マグロ増やしたのにか?」
「はい。元々安いものですから」
「そこが強いんやな」
「でも、人件費は増えました」
八郎は新しく入った女衆を見る。
「千文です」
「千文か」
「高いですね」
父が少し驚く。
「最初のころ考えたら、とんでもないな」
「はい」
「でも」
八郎は母を見る。
「母上、今日はどうでした?」
「何が?」
「しんどさです」
母は少し考えてから笑った。
「……全然違う」
「ですよね」
「マグロの下処理してもらえるだけで助かった」
「はい」
「混ぜ飯も任せられるところ増えたし」
「なら十分です」
「え?」
「人件費が増えて利益が減っても、それでいいです」
父が首を傾げる。
「ええんか?」
「はい」
「なんでや」
「母上が倒れたら終わりです」
母が目を丸くした。
「八郎……」
「あと、仕事を覚える人が増えました」
「……」
「これは銭では買えません」
父は苦笑する。
「三歳児が言うことちゃうぞ」
「三歳です」
「知っとる」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は続ける。
「市と寺への寄進は合わせて四百文です」
「増やしたな」
「はい」
「儲かりましたから」
「それで?」
「残った利益は……」
少し間を置く。
「二千文ですね」
一瞬、静かになる。
「……」
「……」
そして父が言った。
「いやいや」
「はい?」
「なんで残念そうなんや」
「減りましたから」
「前がおかしいんや」
「そうですか?」
「二千文やぞ」
兄たちも笑う。
「最初、数十文残っただけで喜んでたやろ」
「そうでしたね」
「感覚壊れてるぞ」
「気をつけます」
しばらくして、八郎がぽつりと言った。
「ただ……」
「なんや」
「湯浴みのことで少し迷ってます」
「湯浴み?」
「はい」
「何を?」
「次を買おうかな、と」
全員が止まった。
「……は?」
「二つ目です」
「早いやろ!」
父が思わず声を上げる。
「まだ一つ目始まったばっかりやぞ」
「はい」
「なんでや」
八郎は少し真剣になる。
「目立ちすぎました」
「……」
「今、手元に銭が残る方が怖いです」
「銭があるのが怖い?」
「はい」
父の顔が変わる。
「殿か」
「はい」
「……」
「あと一回市をやれば、一月が終わります」
「そうやな」
「殿様が思い出す頃です」
「……」
「八郎はどうなった」
「……」
「千五百石はどうなった」
「……」
「そう聞かれると思います」
父は黙った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「その時」
八郎は続ける。
「儲かってます、銭があります」
「うん」
「そう見えたら」
「……」
「なら、もう少し税を戻してもいいな」
「……」
「もっと広い土地を任せてもいいな」
「……」
「そうなる可能性があります」
父は息を吐いた。
「お前……」
「はい」
「そこまで考えとるんか」
「考えたくないですけど」
「三歳児の悩みちゃうぞ」
「僕もそう思います」
その返事に皆少し笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「今、手元に六千文ぐらいあります」
「あるな」
「これで次の釜を買えば五千文使います」
「残り千文か」
「はい」
「わざと減らすんか」
「はい」
「……」
「でも無駄遣いではありません」
「仕事が増えるからか」
「そうです」
八郎は頷く。
「三人雇えます」
「村にも喜ばれる」
「はい」
「銭が物に変わる」
「はい」
「しかも稼ぐ物になる」
「そうです」
父は腕を組んだ。
「理屈は分かる」
「でも?」
「早い」
「ですよね」
「早すぎる」
八郎も頷いた。
「そこなんです」
母が静かに言った。
「八郎」
「はい」
「もう一回市やってからでええんちゃう?」
「……」
「焦らなくても」
「はい」
「釜職人もすぐ作れるわけちゃうし」
「確かに」
「それに」
「?」
「みんなも一つ目をちゃんと覚えたいと思う」
八郎は少し考えた。
「そうですね」
父も頷く。
「もう一回や」
「はい」
「次の市まで見よう」
「分かりました」
「その上で買うなら買えばええ」
「はい」
父は笑った。
「しかしまあ……」
「?」
「普通は銭がなくて悩むんや」
「はい」
「お前は銭がありすぎて悩む」
「……」
「ほんま変な三歳児や」
家中に笑い声が響いた。
だが、その笑いの裏で父は分かっていた。
八郎はもう商売だけを見ていない。
村。
領主。
銭の流れ。
そして力の見え方。
そこまで考えて動いている。
嬉しい反面、少し怖かった。
「ほんま……どこまで行くんやろな」
父の小さなつぶやきだけが、夜の部屋に残った




