1535年8月1週目。土佐一条家を陥落までもっていく。公家の作法に疎い八郎は一条家に教えを請いたいとお願いする。
八月一週目の終わり頃。
土佐一条家の城内は、すでに限界へ近づいていた。
城門は破られている。
八郎軍は一度城内へ踏み込めるところまで攻め込んだにもかかわらず、なぜかそのまま引き返した。
そして翌日からも、城の外では変わらず飯が炊かれていた。
「今日も飯を配っておるぞ」
「またか……」
「門まで壊されたのに、なんで攻めてこんのじゃ」
それがかえって怖かった。
いつ総攻撃が始まるのか分からない。
夜になれば矢が飛んでくる。
太鼓が鳴る。
時には火矢まで飛んできて、兵たちは眠りについたと思えば何度も起こされた。
さらに、破壊された門から外を見れば、八郎軍の炊き出し場が見える。
「武器を置いて出てくれば、飯を出しますよ!」
そんな声まで毎日のように聞こえてくる。
農民兵の脱走は止まらなかった。
一人。
二人。
夜の闇に紛れて十人。
城内で腹を壊したと言って後方へ下がり、そのまま姿を消す者もいた。
「もう戦える者が、だいぶ減っております」
一条家の家臣から報告を受け、当主は苦い顔をした。
「門を破られた時点で、こうなることは分かっておった」
城そのものは、まだ残っている。
侍たちもいる。
しかし、城を守る者の心が少しずつ外へ流れ出していた。
一方、八郎軍の陣でも軍議が行われていた。
「八月二週目の頭には、総攻撃をかけましょう」
八郎がそう言うと、島津勢を中心に皆の表情が明るくなった。
「ようやくでございますな!」
「待っておりましたぞ!」
「張り切りすぎないでくださいね」
「八郎様が攻めると言われたのでしょう!」
「言いましたけど、死に急げとは言ってません」
八郎は相変わらずだった。
「総攻撃まで、あと数日あります。それまでも農民兵の方には逃げていただきましょう」
むしろ総攻撃の日までに、どれだけ城内の兵を減らせるかが重要だった。
八郎軍では、少し早めに酒が振る舞われ始めた。
「まだ攻撃前でございますが」
「肩慣らしです」
「酒で肩慣らしする軍は、あまり聞きませぬな」
兵たちは笑いながら飯を食い、武具を整えた。
そして総攻撃前日。
八郎軍は、普段より強く城へ圧力をかけた。
「今日は奥まで押してください!」
盾兵が前へ出る。
その後ろから島津勢が壊れた門へ殺到する。
「来たぞ!」
「門を守れ!」
城兵も必死に抵抗した。
だが八郎軍は完全に城を取ろうとはしない。
一定の場所まで押し込んでは、意図的に逃げ道を作る。
「農民の方は出てください!」
「今日出れば追いません!」
「明日は分かりませんよ!」
その言葉が効いた。
「明日、総攻撃なんや……」
「もう無理や」
「わしら侍でもないんやぞ」
農民兵が次々と武器を置いた。
八郎軍もそれを止めない。
名前と村だけ確認して、握り飯を持たせて帰らせた。
そして翌朝。
ついに総攻撃が始まった。
「前へ!」
八郎軍の盾が進み、島津勢が破壊された門から一気に入った。
一条家の侍たちも最後の抵抗を見せる。
槍と槍がぶつかり、矢が飛び交った。
だが、兵数も疲労もすでに差がありすぎた。
「奥へ逃げた者を無理に追わないでください!」
「武器を捨てた者は殺すな!」
八郎軍は城内を区画ごとに押さえていく。
数刻後。
一条家の本丸にも八郎軍の旗が立った。
「土佐一条家、降りました!」
歓声が上がる。
八郎は城内へ入り、一条家の当主と対面した。
「……完敗じゃ」
「お疲れさまでございました」
「おぬしに言われると、妙な気分になるのう」
「五歳ですからね」
八郎は少し笑った。
「ですが、一条家を潰すつもりはありません」
当主が顔を上げた。
「ここまで攻めておいてか?」
「はい。ここまで攻めておいて言うのも、なんなのですが」
周囲から小さな笑いが漏れた。
「むしろ一条家には、残っていただいた方が助かります」
「我らを使うつもりか」
「使うというより、お願いしたいことがあります」
八郎は庄屋の息子である。
帳面。
市。
借金。
交易。
そうした話なら得意だった。
「ですが、公家の世界は、僕にはさっぱり分かりません」
一条家は、公家の名門である。
土佐の国人衆が一条家を特別視する理由も、京との縁も、寺社との付き合いもある。
「そういうことは、一条家の方が僕より何十倍も詳しいでしょう」
「五歳児と比べられても困るがの」
「では何百倍でも構いません」
また笑いが起きた。
「ですから、土佐の取りまとめにも力を貸していただきたいです」
城も家名も、できる限り残す。
家臣も帳面を確認したうえで組み直す。
ただし、農民の借金や領内の収支については、八郎家のやり方へ合わせてもらう。
「それと、今は九州中から姫君や有力な家の方々が集まっております」
「聞いておる。島津、大友、それに大内まで来ているとか」
「はい」
一条家にとっても、それは悪い機会ではない。
「せっかくですから、いろいろ縁を結んでください」
「縁談まで世話するつもりか」
「一条家だけ土佐に孤立しているより、九州の有力家と縁を持っていただいた方が僕も安心です」
「……なるほどの」
「八郎陣営と言うと少し大げさですが、皆で緩くつながっていければと思っております」
八郎は一条家当主を見上げた。
「悪いようにはいたしません」
「城を囲み、門を破り、最後は総攻撃しておいて言う台詞か?」
「ですから、ここまでして言うのもなんですけども」
一条家の当主は、しばらく八郎の顔を見つめた後、大きくため息をついた。
「分かった。負けた以上、まずはそなたのやり方を見よう」
「ありがとうございます」
「ただし、公家の作法ぐらいは覚えてもらうぞ」
「それは……できれば兄様方にも一緒にお願いしたいです」
「また兄を巻き込むんか!」
後ろから三郎たちの声が飛んだ。
城内に笑いが広がった。
こうして八月二週目の頭。
土佐一条家は陥落した。
しかし一条家の名が消えることはなかった。
八郎はまた一つ敵を滅ぼさず、その家が持つ役割ごと自分たちの大きな傘の中へ取り込んだ。
そして土佐で一つの戦が終わったその時も、東予では三好軍との戦いが続いていたのであった。




