1535年8月1週目。東伊予の3つ目の拠点で兵3500で踏ん張る八郎軍。三好軍が包囲も散発的に外部から攻められ兵糧を中に入れられる。膠着状態。
東予へ攻め込んだ三好軍八千は、八郎方が三つ目の三万五千石圏で踏みとどまったことを確認すると、
その中心となる陣地を取り囲んだ。
中にいる八郎方の兵は、およそ三千五百。
「数では倍以上じゃ」
「ここを潰せば、西まで一気に押せる」
三好方としては、そう考えるのが当然だった。
正面だけでなく左右へも兵を回し、街道を押さえ、数日かけて完全包囲に近い形を作った。
「降れ!」
「八郎本人は土佐じゃぞ!」
「援軍など来ぬ!」
だが、八郎方は頑として応じなかった。
「八郎様がおらんからこそ、ここで降りられるか!」
「三千五百で八千を倒せとは言われておらん!」
「ここを守れと言われたんじゃ!」
土塁を補強し、盾を並べ、矢を節約しながら耐える。
三好軍が突撃してくれば受け止める。
追い返しても、深追いはしない。
とにかく陣を崩さない。
「嫌な守り方をしよる」
三好方も、強引に攻めれば落とせる可能性はある。
だが三千五百が覚悟を決めて籠もる陣地へ八千で突っ込めば、こちらもかなりの損害が出る。
「急ぐ必要はない。兵糧を切ればよい」
そう考えた。
ところが、その兵糧がなかなか切れなかった。
最初の夜。
西側から百ほどの兵が現れ、遠くから矢を放って引いた。
「敵襲!」
三好軍が兵を向けた間に、別の場所から荷を背負った者たちが八郎方の陣へ近づいた。
翌日には五十。
その次の日には百五十。
包囲を破るほどの兵ではない。
しかし夜になると矢を射ち、三好軍の見張りを動かし、その隙に米や味噌、
薬を少しずつ中へ入れていく。
「また西から来ました!」
「今度は北側にも敵影!」
「何人じゃ!」
「百ほど!」
「百なら追い払え!」
追い払ったと思えば、別の場所から数十人が現れる。
さらに、三好軍の兵糧置き場を探る者まで出始めた。
「火をつけられました!」
「消せ!」
「敵はどこじゃ!」
「もう逃げました!」
完全包囲だったはずの形が、少しずつ歪み始めた。
三好軍が外から来る八郎方の小隊を追えば、包囲が薄くなる。
包囲を厚くすれば、外から矢を射られる。
「包囲しているのは、こちらのはずじゃぞ」
「なぜ我らが外から攻められておるのだ」
しかも、八郎方の増援は日に日に増えていた。
最初は数十。
次は百。
その次には二百ほどがまとまって現れる。
それらが三千五百の陣へ無理に入ろうとするのではなく、周囲で三好軍を刺激する。
三好が追えば逃げる。
追わなければ夜に矢を射つ。
兵糧を狙う。
伝令を捕まえる。
「これでは、いつまで経っても落とせぬ」
三好方は包囲だけを続けることを諦め、一部の兵を西へ進ませることにした。
「三つ目を囲みながら、その西側を取ればよい」
ところが、数百、千ほどを西へ向けると、今度は八郎方の兵がまとまって出てくる。
「前方に敵!」
「何人じゃ!」
「五百……いや、七百ほど!」
三好方が千なら、八郎方は無理に戦わない。
三好方が小さく分かれれば、急に数を集めて道を塞ぐ。
「戦うのか、戦わぬのか、どちらじゃ!」
「こちらが弱いところだけ出てきよる!」
東予の国人衆や河野旧臣は、土地を知っていた。
大きな道。
狭い山道。
川を渡れる場所。
夜に人を動かせる脇道。
その知識を使い、三好軍を少しずつ動きにくくしていった。
そして、さらに三好方を悩ませたのが農民だった。
「おい」
三好の侍が、米俵を担いで西へ向かう農民を呼び止めた。
「どこへ行く」
「西の市ですわ」
「西は八郎方ではないか」
「そうです」
「なぜ敵へ米を持っていく」
農民は悪びれる様子もなく答えた。
「高う買ってくれるんです」
「高い?」
「相場の三倍ほどですわ」
三好の侍は目をむいた。
「三倍!?」
「はい。今は兵糧が要るから言うて」
「おぬし、この土地は今、三好家の支配下ぞ」
「それは分かっております」
「ならば、なぜ八郎方へ売る!」
農民は困ったように頭をかいた。
「いやあ……ただで出せ言われるより、三倍で買うてもらえる方がええかな、と」
「……」
「借金もありますし」
周囲の農民もうなずいた。
「八郎様の市なら、銭になりますからな」
「三好様にも米は出しておりますよ」
「言われた分は」
「でも余った分ぐらい、売ってもええでしょう?」
三好方としては、面白いはずがなかった。
しかし、農民を斬るわけにもいかない。
ここで農民を敵へ回せば、自分たちの兵糧まで集まらなくなる。
「敵へ米を売るな!」
「でも、うちらの米ですし」
「三好家が守ってやっておるのだぞ!」
「それはありがたいですけど、借金は減りませんしなあ」
「また借金か!」
三好の侍は頭を抱えた。
「とにかく、あまり八郎方へ売るな!」
「分かりました」
農民たちは頭を下げた。
そして侍が去ると、小声で相談した。
「明日の夜なら行けるか」
「山道使えば見つからんやろ」
「魚も持っていこう」
「薪も高いらしいぞ」
こうして、三好占領下の村からも、少しずつ物資が八郎方へ流れ続けた。
三好軍は八千。
八郎方の陣は三千五百。
本来なら、時間が経つほど包囲側が有利になるはずだった。
だが実際には、外から八郎方の兵が少しずつ増え、夜ごと嫌がらせを繰り返し、
占領地の農民まで敵へ物を売っている。
「このままでは、包囲している我らの方が疲れるぞ」
「しかし引けば、三千五百に止められたことになる」
「西へ進めば、別の八郎勢が出てくる」
三好方も動くに動けなくなった。
一方、包囲されている八郎方では、夜に入ってきた米俵を見て兵たちが笑っていた。
「また来たぞ」
「どこの村じゃ」
「三好に取られた最初の三万五千石のところらしい」
「取られた土地から兵糧が来るんか」
「銭払ってるからな」
指揮官が苦笑する。
「土地は取られても、市の縁までは切れとらんということじゃ」
八郎本人は遠く土佐にいる。
それでも兵が集まり、農民が物を運び、陣はまだ落ちない。
三好軍八千と八郎方の兵たちは、互いに決定打を打てないまま、東予の三つ目の三万五千石圏を
境に、じわじわとした膠着状態へ入り始めていたのであった。




