1535年8月1週目。東伊予を占領した三好家が米を徴収しようにも集まりが悪いwww東伊予で踏ん張る八郎や旧河野家
土佐一条家の城門を破ってから、八郎はもう一度、城をじっくり締め上げる方針へ戻した。
「ここから一週間ほど、また飯を炊きながらやりましょう」
「東予の方はよろしいので?」
「もちろん気にはなります」
八郎は少し考えた後、東予へ五百の兵を送ることにした。
「五百だけですか」
「はい。あまり大きく動かすと、一条家に東予が大変なのだと悟られます」
表向きは伝令と兵の交代。
その程度に見えるよう、五百だけを静かに東へ向かわせる。
「向こうの状況を詳しく持ち帰っていただく役目もあります。援軍半分、情報伝達半分ですね」
「承知いたしました」
「こちらはまだ十分な兵がおります。焦って一条家へ希望を持たせないようにしましょう」
一方その頃、三好軍は東予東端の二つの三万五千石圏を押さえていた。
七万石ほどをほとんど大きな戦いもなく手に入れたのだから、本来なら順調な侵攻である。
ところが、三好方の将たちは妙な問題に悩まされ始めていた。
「米が集まらぬ」
「村にはあるのであろう」
「あるにはあります。ですが、皆、出したがりませぬ」
三好方の侍が村へ行き、農民たちを集めた。
「この地は、今日より三好家の庇護に入った」
「はあ」
「三好家は畿内を押さえる天下の大勢力ぞ。もう少し喜んでもよいのではないか」
農民たちは顔を見合わせた。
「安全になるのは、ありがたいですけどなあ」
「ならば兵糧を出せ。米、味噌、薪じゃ」
「それ、銭はいただけるので?」
「戦の兵糧ぞ」
「つまり、取られるんですか」
「取るとは何じゃ。三好家がおぬしらを守るために使うのだ」
農民の一人が首をかしげた。
「でも、三好様は、うちらの借金を返してくれるんですか」
「なんで我らがおぬしらの借金を返さねばならぬ!」
「ですよねえ」
あまりにも当然の返事に、農民まで納得してしまった。
別の農民が口を開く。
「八郎様のところは、市を開いてくれましてな」
「市?」
「米でも野菜でも魚でも、結構ええ値で買ってくれるんですわ」
「それがどうした」
「その銭で借金も順番に返してくれるんです」
「おい、そこまで言わんでええ」
隣の農民が慌てて袖を引っ張った。
しかし、もう遅かった。
「借金を返す?」
「はい。全部いきなりではないですけど、利息の高いやつから帳面を見てくれます」
三好方の侍は眉をひそめた。
「領主が農民の借金まで見るのか」
「そうなんですわ」
「そんなものは領主の仕事ではなかろう」
「我らからしたら、ありがたいんですけどねえ」
侍は少し苛立ちながら言った。
「三好家の傘下に入れば、戦の心配が減る。それで十分ではないか」
「それで安心を買えると思えば、安いのかもしれませんけどな」
農民は困ったように頭をかいた。
「でも、今まで銭で買ってもらってた米を、急に出せと言われると……なかなか納得しにくいですわ」
「出すのか、出さぬのか」
「出せ言われたら出しますよ」
結局、米は出された。
薪も出された。
だが三好の侍たちが去った後、農民たちは盛大に愚痴をこぼした。
「やっぱり八郎様の方がよかったな」
「米持っていったら、ちゃんと銭くれたしな」
「逃げる時も、買った物まで返していったぞ」
「まだ向こうの市が動いとるところあるんやろ?」
「西へ行けばあるらしい」
「なら、余ってる物とか持っていってみるか」
最初は一人、二人。
やがて荷を背負った農民が、三好軍の目を避けるように西へ向かうようになった。
表向きは三好の占領地である。
だが物と銭は、少しずつ八郎側の市へ流れ続けていた。
そして、その西側。
八郎家が三つ目の三万五千石圏に作った防衛線では、最初の二千の兵が踏みとどまっていた。
そこへ河野旧臣、東予の国人衆、西園寺側の侍が、五百、また五百と集まってくる。
「八郎様は来られぬのか」
「土佐一条家を囲んでおられる」
「なら、我らでやるしかないな」
現地の将たちは、寄せ集めの兵をそのまま並べることはしなかった。
八郎家の兵。
河野旧臣。
国人衆の兵。
それらを少しずつ混ぜ、隊列を組み直す。
「同じ家の者だけで固まるな!」
「八郎家の隊長の指示を聞け!」
「道を知っとる者は前へ出ろ!」
まだ八郎本人が率いる軍ほど滑らかには動かない。
それでも、少しずつ一つの軍になり始めていた。
「ここでまた下がったら、どう見られる」
河野旧臣の一人が声を張った。
「八郎様がおらんから、我らは土地を捨てた。そう言われるぞ」
周囲の侍たちの顔が引き締まる。
「我らは、五歳の殿がおらんと何もできんのか?」
「そんなこと言われたら、さすがに腹が立つな」
「そうじゃ。ここが踏ん張りどころぞ!」
すでに七万石を一時的に失った。
しかし、それ以上を簡単に渡すわけにはいかない。
「土佐一条家が一月も二月も持つとは思えん」
「落ちれば、八郎様の一万が戻ってくる」
「それだけではないぞ。九州から毎週二千ずつ来ておる」
今は三好八千に対して兵が足りない。
だが今日五百。
明日また別の土地から五百。
そして土佐からも五百が向かっている。
「今ここで勝つ必要はない!」
指揮を取る侍が叫んだ。
「止めろ! ただ止めればよい!」
「おお!」
「一週間止めれば九州から兵が来る! 二週間止めれば、さらに増える!」
兵たちから声が上がった。
「数がそろえば、取られた土地は取り返せる!」
「米も全部取られたわけではない!」
「農民たちも、まだこちらを向いておる!」
その頃、三好軍の陣では、また兵糧不足についての報告が上がっていた。
「七万石も取ったのに、なぜ米が集まらぬ」
「農民が隠しているようでございます」
「八郎方へ売りに行く者までいるとか」
「我らが占領した土地ぞ?」
土地は取った。
城も市も八郎方は捨てた。
だが、そこに暮らす者の心までは、三好家へ移っていなかった。
そして西では、八郎不在の軍が少しずつ膨らんでいた。
二千五百。
三千。
三千五百。
まだ三好八千を押し返す力はない。
それでも誰も、三つ目の三万五千石圏を捨てようとは言わなかった。
「ここで止めるぞ」
「八郎様が戻ってくるまでか?」
「違う」
河野旧臣が首を横へ振った。
「八郎様が戻らんでも止められるところを見せるんじゃ」
その言葉に、集まった侍たちがうなずく。
土佐では五歳の当主が一条家を囲み続けている。
ならば伊予は、自分たちが守る。
八郎家が、一人の幼い当主だけで成り立つ家なのか。
それとも、その当主がいなくても動ける勢力になったのか。
東伊予で始まった三好家との戦いは、それを試す最初の戦でもあった。




