市の売上を数えた次の日、市の職人のところに行き湯あみを購入。5000文で発注。職人たちに驚かれる
その日の夜、銭勘定を終えたあと、八郎は父親の前に座った。
「父上、明日、市の職人のところへ行きましょう」
「なんや、また何か思いついたんか」
父は半分呆れた顔で笑った。
「湯浴みです。もう注文します」
「もうか? 早ないか?」
「遅いぐらいです。釜もすぐできるわけやありませんし、小屋も整えなあかん。人も探さなあかんです」
そう言って八郎は銭袋を出した。
「五千文用意します」
「……五千文」
父が思わず袋を見る。
少し前なら家族全員で頭を抱える額だった。それを三歳の息子が、当たり前のように
設備投資と言っている。
「ほんまに出すんやな」
「はい。ただの贅沢やないです」
八郎は指を折って説明する。
「まず、村の人が体を拭けます。農作業して汗かいて、そのまま寝るより絶対気持ちええです」
「まあ、それはそうやな」
「でも一番大きいのは仕事です」
「仕事?」
「はい」
八郎は続けた。
「火を見る人。水や薪を見る人。銭勘定と貸し布を見る人。三人置きます」
「三人もか」
「一人四十文です」
「一日百二十文……結構払うな」
「はい。でもそこが大事なんです」
父は首を傾げる。
「儲け減るやろ」
「減ります」
八郎はあっさり認めた。
「たぶん湯浴みだけなら一日三十文、四十文ぐらいの利益かもしれません」
「そんなもんか?」
「はい。毎日五十人も六十人も来ると思ってません。普段使いしてほしいので」
「ほな、なんでやる」
「三人に毎日銭が渡るからです」
その言葉に父が黙った。
「一日百二十文。三十日なら三千六百文です」
「……」
「それが村に落ちます」
八郎は笑った。
「うちは飯屋で稼げます。でも村全部がよくならないと意味ないです」
「お前……」
「あと、人は固定しません」
「固定せん?」
「はい。順番にします」
母も話を聞きながら近づいてきた。
「母上、お願いがあります」
「今度は私?」
「はい。働きたい女の人を見てほしいです」
「湯浴みの?」
「はい。貸し布や掃除を見る人です。若いお嬢さんでも、おばあ様でもいいです」
「男は?」
「父上と一郎兄様、二郎兄様に見てもらいたいです」
「薪とか水か」
「はい」
八郎は頷いた。
「ただ、銭をごまかさない人。ちゃんと仕事する人。それを見てください」
「そこを見るんやな」
「はい」
父が感心する。
「働けるかどうかだけやないんか」
「違います。これから湯浴み増やしますから」
「増やす?」
「はい」
家族全員が八郎を見る。
「まず一つ作ります。うまく回れば隣村にも作ります」
「またか……」
三郎が笑う。
「兄様、十村ありますよ」
「全部作る気か?」
「できれば」
「できればって……」
「だって一つ増えたら三人仕事できます」
八郎は当然という顔だった。
「十個なら三十人です」
家族は言葉を失う。
「村で三十人、毎日銭を稼げるんです」
「……」
「それだけでも変わります」
父は大きく息を吐いた。
「お前、ほんまに三歳か」
「三歳です」
「三歳児は村十個の仕事考えへん」
家族が笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日。
父と八郎は市へ向かった。
釜を扱う職人のところへ行く。
「大きな釜と湯浴み場を作りたいんです」
八郎が言うと、職人は父を見る。
「旦那、湯浴み? 金かかるぞ」
「五千文ほど考えております」
「五千?」
職人が驚く。
「誰が出すんや」
父が苦笑した。
「この子です」
「は?」
「この八郎が稼いだ銭です」
職人は固まった。
「子供が?」
「はい」
「いやいやいや」
笑い飛ばそうとして、ふと気づく。
「待てよ……」
隣の職人が口を挟む。
「あれちゃうか?」
「あれ?」
「市の端で飯屋四つやっとる坊主」
「ああ!」
職人が手を叩く。
「マグロ売った三歳児か!」
「はい」
八郎が頭を下げる。
「八郎と申します」
「お前か!」
職人たちが集まってくる。
「魚の捨てるところを銭にしたとか」
「酒まで売っとるとか」
「庄屋まとめ始めたとか」
噂がどんどん出てくる。
父は苦笑する。
「もうそこまで広まっとるんか」
八郎は首をかしげた。
「困りましたね」
「何がや」
「まだ湯浴み一個目なのに」
その場が静まる。
「……一個目?」
「はい」
「増やす気か?」
「はい。うまくいけば十村に」
職人たちは顔を見合わせた。
「旦那」
「はい」
「この子、ほんまに三歳か?」
父はため息をついた。
「毎日それを聞かれます」
そして少し笑う。
「でもまあ……」
父は八郎を見る。
「うちの自慢の八男ですわ」
八郎は照れながら言った。
「父上、褒めても何も出ませんよ」
「お前は銭なら出すやろ」
職人たちは大笑いした。
こうして、八郎の村で初めての湯浴み作りが始まった。村を変える小さな釜が、
この日注文されたのだった。




