1535年8月1週目。一条家の軍をじっくり揺さぶり野戦に勝利し攻城戦へ。包囲し飯を炊きながら周囲の村の帳簿を見る。
八月一週目、南予の港へ新たに二千の兵が上陸した。
先の戦いで負傷し、後方へ下がった者と入れ替えた結果、八郎と島津の連合軍は、
再び一万二千ほどの兵を動かせるようになった。
対する土佐一条家と周辺国人衆の軍勢は、およそ七千。
兵数だけでなく、昼夜を問わず続く八郎軍の揺さぶりによって、疲労もかなり蓄積していた。
「今週は、少しだけ強く押してみましょう」
八郎は集まった将たちへ告げた。
「一気に突き崩すのでございますか」
「そこまではしません。普段より、二歩か三歩だけ前へ出て受けてください」
これまで八郎軍は、大盾を並べ、一条軍が攻めてくるのを待っていた。
今度は、盾の列そのものを少し前へ進める。
相手が押し返そうと突撃してくれば、その勢いを正面で受け止める。
「時々、八郎軍からも反撃へ出ます」
「敵の隊列が乱れたところへ、我ら島津が入ると」
「はい。それが一番きれいです」
八郎軍が受け、短く押し返す。
一条軍の農民兵や、国人衆同士の継ぎ目が崩れたところを、島津勢が強く突く。
ただし、逃げる者は深追いしない。
「これを、あと五日ほど続けましょう」
島津忠良が、八郎を見て笑った。
「また、いやらしいことを考えられますな」
「いやいや。向こうも、そろそろ根を上げる頃でしょうから」
「五日間も押したり引いたりを続ければ、城へ戻るかもしれませぬな」
「城へ戻った時点で、こちらの王手です」
野戦で一条軍が城へ逃げ込めば、周辺の農民兵はさらに減る。
城内の兵糧だけで戦わなければならず、八郎軍は外で市と炊き出しを続けられる。
「ですから、今週も飯を炊きまくってください」
八郎軍の後方では、相変わらず大鍋から湯気が上がっていた。
握り飯、味噌汁、焼いた魚。
戦場を離れた農民兵が来れば、武器を取り上げ、名前と村を帳面へ書いたうえで飯を食わせる。
その中には、一条軍の事情に詳しい者も増えていた。
「兵糧を置いている場所を知っております」
捕らえられた農民兵の一人が、絵図の端を指した。
「この林の奥に、米俵と干し魚を置いた荷駄がございます」
「見張りはどれほどですか」
「五十ほどです。夜になると半分ほどが眠ります」
別の者は、陣の裏へ通じる細い道を教えた。
「雨が降ると使えませぬが、今なら騎馬でも通れます」
「一条家の者は知っておりますか」
「近くの村の者しか、ほとんど知りませぬ」
八郎は、それらの情報を使って夜の揺さぶりをさらに正確にした。
見当違いの場所で太鼓を鳴らすだけではない。
兵糧の近くへ火矢を放つ。
細い道から斥候を入り込ませ、馬や荷駄を驚かせる。
一条軍が守りを固めた頃には、反対側で大声を上げる。
「また兵糧を狙われたぞ!」
「南側の見張りを増やせ!」
「今度は北から矢が飛んできました!」
一条軍は、昼の戦いに備えながら、夜も各所へ兵を回さなければならなかった。
八郎軍は交代で休める。
一条軍は、どこが本当の狙いか分からず、全体が少しずつ疲れていく。
「もう、まともに眠ったのがいつか分からぬ」
「昼になれば盾が前へ出てくる」
「押し返しても、島津が飛び込んでくるぞ」
農民兵たちの不満も大きくなった。
逃げれば村で飯を食える。
残れば夜も眠れず、翌日は八郎軍の盾へ突撃させられる。
二日目、三日目と戦いが続く中、兵は少しずつ一条軍の陣から消えていった。
そして四日目。
八郎軍の盾の列が、普段よりさらに数歩前へ進んだ。
「押し返せ!」
一条軍も、これ以上下がれば陣地を奪われると見て、まとまった兵を前へ出した。
「受けろ!」
八郎軍は盾を重ね、敵の突撃を正面から受け止めた。
激しい衝突音が響き、双方の兵が押し合う。
一条軍は、ここで八郎軍の前列を崩せると考えた。
「もう一押しじゃ!」
しかし、八郎軍の前列は崩れなかった。
後ろから新しい兵が盾を支え、疲れた者を少しずつ入れ替えている。
「今です。押し戻してください!」
八郎の命令が飛ぶ。
八郎軍は一斉に前へ出た。
疲れた一条軍の兵が数歩押し戻され、国人衆と農民兵の間に隙間ができる。
「島津勢、入れ!」
待機していた島津勢が、その隙間へ一気に突っ込んだ。
「押し崩せ!」
「左右へ分けろ!」
一条軍は、正面から押し戻された直後に、さらに新しい部隊の突撃を受けた。
農民兵の隊列が割れ、左右へ逃げ始める。
「武器を捨てろ!」
「逃げる者は追わん!」
「村へ戻れば飯があるぞ!」
八郎軍の声が、戦場へ響いた。
一人が槍を捨てると、周囲の者も続いた。
「もう無理じゃ!」
「城まで戻れ!」
「わしは村へ帰る!」
一条家の侍たちは兵を戻そうとしたが、崩れた隊列を立て直すことができない。
八郎軍は正面から押し、島津勢は波状に突撃する。
ただし、逃げ道だけは残した。
一条軍は陣を大きく後方へ移すしかなかった。
「このままでは、また押されます!」
「城へ引くぞ!」
日が傾く頃、一条軍は野戦を断念した。
農民兵や周辺国人衆の一部は、そのまま村へ逃げる。
一条家の本隊と、まだ戦う意思のある者だけが、城へ向かって退却した。
戦いを始めた時、八郎軍は一万二千。
四日間の負傷や離脱により、動かせる兵は一万一千五百ほどになっていた。
一方の一条軍は、七千から五千五百ほどまで減っている。
しかも、その全員が城へ入ったわけではない。
「一条軍、城へ退きました」
「では、追い込みすぎないように城を囲みましょう」
八郎は淡々と命じた。
「今日中に街道と水場を押さえます。夜は、いつもどおり七対三で動いてください」
忠良が笑った。
「野戦が終わっても、まだ寝かせぬのでございますな」
「ここからが包囲戦ですからね」
一条家の城を、八郎軍と島津勢が取り囲む。
城内には疲れ切った兵。
城外には一万を超える兵と、大鍋、市、豊富な兵糧がある。
「城へ戻れば王手と申されておりましたが、本当にその形になりましたな」
「はい。ですが、まだ落ちてはおりません」
八郎は城を見上げた。
「まず降伏勧告を出しましょう。それでも難しければ、門を壊し、飯を置いて、兵を減らします」
「結局、いつもの攻め方ですな」
「うまくいっておりますからね」
土佐一条家との野戦は、一度の大勝では終わらなかった。
盾で受け、島津勢が押し、夜に眠りを奪い、農民兵を村へ帰す。
その積み重ねによって、一条軍は野から城へ追い込まれた。
八郎軍は大きく形を崩すことなく、いよいよ土佐一条家の城を包囲する段階へ入ったのであった。




