1535年7月4週目。一条家と八郎軍で野戦が始まるも、終始受けの状態から継ぎ目を狙い削る。
八郎軍は、さらに一週間待てば、九州から二千の増援を受けられる予定だった。
しかし八郎は、今の一万一千五百で一度、一条軍と当たってみることにした。
「待っても、相手の兵が大きく増えるわけではありませんからね」
「こちらは、もう一週間で二千増えますぞ」
「ですからこそ、今のうちに一度戦って、相手の強さを見ておきます」
負傷者が多ければ、増援の二千と入れ替える。
思ったより敵が強ければ、一度下がって陣を作り直す。
勝てそうだからと、最初から全軍をぶつけるつもりはなかった。
「一気に突っ込まないでください」
八郎は、前列へ大盾を多く並べさせた。
「盾を持って、じわじわ近づきます。向こうが攻めてきたら、その場で受け止めてください」
「こちらから乱戦へ持ち込まぬのでございますな」
「はい。人数で勝っている側が、慌てて形を崩す必要はありません」
土佐一条家と長宗我部を中心とする軍勢は、およそ八千五百。
数では八郎軍が上回っている。
だが一条軍が勝機を見いだすとすれば、八郎軍を勢いよく突撃させ、その先頭を包み込むか、
乱戦へ引きずり込んで指揮を崩すしかない。
八郎も、それをよく理解していた。
八郎軍は大盾を押し立て、足並みをそろえて少しずつ前へ出た。
矢が飛んでくれば盾で受ける。
敵が下がれば、また数歩進む。
だが、逃げる敵を追って走り出す者はいなかった。
「嫌な攻め方をしてきよる」
一条軍の陣では、武将たちが顔をしかめていた。
「数で勝るなら、一気に押してくると思っておったが」
「こちらが動くのを待っておりますな」
「突撃してきたところを左右から包むつもりだったのだが」
八郎軍は、あえて一条軍に攻撃させようとしている。
攻めてきたところを盾と槍で受け止め、疲れたところへ島津勢をぶつけるつもりなのだ。
「このままにらみ合っていても、兵糧を使うだけじゃ」
一条軍は、前方の部隊へ突撃を命じた。
「押し返せ!」
一条家の兵が声を上げ、盾の並ぶ八郎軍へ突っ込んだ。
八郎軍の前列は、勢いを受けて少し下がった。
「踏ん張れ!」
「槍を出せ!」
盾の間から槍が伸び、一条軍の足を止める。
そこへ、後ろで休んでいた島津勢が入れ替わるように前へ出た。
「島津勢、押せ!」
今度は八郎軍が強く押し返す。
一条軍は、一度勢いを止められた後で、新しい兵にぶつかられた。
前列が崩れそうになると、八郎軍は追い込みすぎず、再び盾の内側へ戻った。
「深追いするな!」
「陣を戻せ!」
一条軍としては、乱戦へ持ち込みたい。
だが八郎軍は、形が崩れる前に兵を引き、前後を入れ替えてしまう。
「また元の位置へ戻りよったぞ」
「こちらだけ走らされておる」
「次は国人衆の境を狙ってくるぞ!」
八郎軍が強く攻めるのは、一条家の本隊と長宗我部勢の間、国人衆同士の継ぎ目、
あるいは農民兵が多く並ぶ場所だった。
数十人、百人ほどを短く押す。
敵の隊列が乱れれば、その部分だけ切り離す。
崩れた農民兵が逃げ始めても、深くは追わない。
「武器を捨てれば追わんぞ!」
「村へ戻れば飯がある!」
戦場の後方では、八郎軍が進んできた村々で炊き出しを行っていた。
農民兵が陣を抜け、村へ帰れば、大鍋の飯と汁物を食べることができる。
米や野菜を持っていけば、八郎商会が銭を払って買い取ってくれる。
「戦場へ戻るより、こちらへ来い!」
その声は、農民兵の心を少しずつ揺らした。
日が傾く頃、最初の戦は大きな決着を迎えないまま終わった。
一条軍は陣を保っている。
八郎軍も、相手を突き崩し切ってはいない。
「やはり長期戦の構えか」
一条軍の将が苦々しく言った。
「今日勝つつもりで来ておらぬ」
「毎日、少しずつ減らすつもりじゃ」
夜になると、その予想は確信へ変わった。
八郎軍の陣から、大鍋の湯気が上がる。
魚や肉を焼く匂いが流れ、少量の焼酎まで振る舞われていた。
「戦の後に宴会か」
「余裕を見せつけておるのじゃ」
だが、八郎軍が行っているのは宴会だけではなかった。
夜になると、昼間休んでいた三割の兵が動き始める。
「一条軍、起きろ!」
「夜襲じゃぞ!」
太鼓を鳴らし、声を上げ、遠くから矢を射る。
別の場所では火矢を数本だけ飛ばし、兵糧置き場や馬の位置を探る。
一条軍が兵を集めて迎え撃とうとすると、八郎軍はすぐに引く。
少し静かになり、兵が眠り始めた頃、反対側でまた声が上がった。
「今度は東側じゃ!」
「兵を回せ!」
「また引いていきます!」
八郎軍は夜だけで敵を倒すつもりはない。
眠らせないことが目的だった。
一条軍も、部隊を昼番と夜番の二つに分けることにした。
「全員を起こされるよりはよい」
しかし、八千五百を二つに分ければ、昼間に正面へ並べられる兵が少なくなる。
昼の兵が減ると、八郎軍はさらに前へ進みやすくなる。
夜番を増やせば、翌日の戦で疲れた者が増える。
「こちらの方が数が少ないのじゃぞ」
「分ければ分けるほど、昼の差が広がります」
八郎軍は一万一千五百を七対三に分けても、昼は八千ほどを動かせる。
一条軍が半分ずつに分ければ、昼に動けるのは四千ほどになってしまう。
「それでは押し返せぬ」
「だからといって、夜を薄くすれば眠れませぬ」
一条軍は、どちらを選んでも疲れていった。
二日、三日と同じ戦いが続く。
昼は盾の列へ突撃させられ、島津勢に押し返される。
夜は太鼓と火矢で起こされる。
兵糧を運ぼうとしても、周辺の農民が八郎商会へ米を売るため、思うように集まらない。
「もう村へ帰らせてくれ」
農民兵の中から、不満が漏れ始めた。
「八郎軍へ行けば、飯を食わせてもらえるそうじゃ」
「一条様のために、いつまで眠らず戦わねばならんのじゃ」
夜のうちに陣を抜ける者。
戦いの最中、押された形で逃げる者。
負傷を理由に後方へ下がり、そのまま戻らない者も増えた。
数日後、一条軍は八千五百から、戦える者が七千ほどまで減っていた。
戦死者ばかりではない。
負傷者、逃亡者、帰村した農民兵による減少が大きかった。
一方の八郎軍も無傷ではなかった。
盾で受け止めているとはいえ、矢や槍による負傷者は出る。
隊列から外れた者や治療へ回った者を含め、動かせる兵は一万ほどになっていた。
それでも、差は広がっている。
最初は一万一千五百対八千五百。
今では一万対七千。
「順調に削れておりますな」
島津忠良が言うと、八郎は首を横へ振った。
「こちらも千五百ほど動けなくなっております。油断はできません」
「ですが、次の二千がもうすぐ来ます」
「はい。負傷者と入れ替えましょう」
八郎は一条軍の陣を見つめた。
「向こうは、今いる七千が減れば、それで終わりです」
土佐の主だった兵は、すでに集まっている。
新しい援軍が千、二千と増える見込みは薄い。
「僕たちは、来週また増えます」
「だから急いで勝つ必要はないと」
「はい。受けて、入れ替えて、継ぎ目だけ削ります」
一条軍は、まだ崩れてはいない。
しかし昼夜を問わず疲れ、兵糧は減り、農民兵は少しずつ村へ戻っている。
八郎軍も傷を負いながら、それ以上の速さで敵の数と心を削っていた。
戦場の勝敗は、派手な一度の突撃ではなく、眠れる者と眠れない者、増える軍と減る軍の差に
よって、少しずつ八郎側へ傾き始めていたのであった。




